私の方を見てほしい! 6


 一晩寝て冷静になった私の脳味噌は、懸案事項に一つの有力な仮説を打ち立てた。


(人は化粧であれだけ変わる。別人だと思われるほどに。誰にも気付かれないように行動したいなら、化粧や髪形、服装を普段からがらりと変えればいい。と、いうことは、だ)


 霜月七星ななせくん。

 ずっと捜しているのに見つからない彼。

 私が捜している彼の“顔”は、学校に提出された書類に貼ってあった証明写真のものだ。

 取り立てて目立つところもない、普通の男の子。髪の毛の長さも普通で、眼鏡をかけていた。


(その情報が更新されていたとしたら?)


 髪の毛を坊主にしていたら?

 眼鏡を外して過ごしていたら?

 毎日同じ教室で過ごしているクラスメートたちなら問題なく認識できるだろう。でも、私のように、初めて見る人間が相手だったら? ――認識できない可能性の方が高い。


(つまり、本人にしてみれば隠れているつもりはないのかもしれない……!)


 私は彼の写真を見直して、目鼻立ちで記憶し、図書館通いの再チャレンジをすることにした。


 ☆


 の、前に、朝の活力注入ね!

 双眼鏡は禁止されたけれど、それはそれ、これはこれ! 気配を感じるだけでもいいの! 遠目に見つめるだけでもいいの! ある種のパワースポットみたいなもの! ここにいて感じることが重要なの!


「おはよう、美玲」

「わっ、おあ、おはよう咲貴子ちゃん!」

「さすがに双眼鏡はやめたのね。それがいいと思うわ」

「あははは……」


 私は乾いた笑みを浮かべ、ちらりと防犯カメラの方を見た。目立たないようにはしてあるが、確かにそこには防犯カメラがある。半球状の、360度カバーするタイプだ。さっすが、金に糸目を付けませんねぇ。


「あ、そうだ、咲貴子ちゃん」

「なに?」

「ちょっと相談、してもいい?」

「私で良ければ聞くけれど、何かしら」

「実は……わけあって平野さんからハンカチをお借りしたんだけど、返す時になにかお礼を添えたいなぁって思ってて……」

「ふむ」

「十歳近く差があるから……それに、男の人って何が好きなのか分からなくって……何がいいと思う?」


 ごめんねこんなこと聞いちゃって、と言うと、咲貴子ちゃんは「いいのよ」と笑って返してくれた。

 波瑠ちゃんに相談しようと思ったんだけど、波瑠ちゃんだと『どうしてハンカチを借りる羽目になったのか』から話さなきゃならなくなるのは必至だ。そうすると羽美子ちゃんに危害が及びかねないから、困っていたんだ。

 その点咲貴子ちゃんなら完璧だ! お金の感覚も波瑠ちゃんや羽美子ちゃんよりはずっと私に近いだろうし。


「……そうね。物を渡すのは初めて?」

「うん」

「だったら、まずは消え物にしておいたら?」

「消え物……お菓子、とか?」

「そう。手作りじゃなくて、本当にささやかなものにするの。そうすれば、相手に負担を掛けなくて済むから」

「なるほど、確かに!」

「ただ――問題は、相手の好きなお菓子が何か、ってところ」

「う……」


 そういえば、食の好みは分からないな……探りようがないもんね。


「まぁ、たとえ嫌いなものであったとしても、本当に食べたかどうかはこちらからは分からないんだから。お互い、傷付かずに済むでしょう? 手作りだと重いけど、市販のものなら捨てるのも横流しするのもそこまでの罪悪感はないわ」

「うーん……まぁ、うん……」


 平野さんなら少しは気にしそうだけどね。

 でも、うん、確かに、消え物というのは良い案だ。


「ありがとう咲貴子ちゃん! そうしてみる!」


 咲貴子ちゃんはにっこりと笑った。


「頑張ってね。応援してる」


 きっとこういうところなんだろう。咲貴子ちゃんが評議員として信頼を集めている理由。

 だってとっても、頼りになるんだもの!


 ☆


「私じゃ頼りにならないってわけ?」

「とんでもございません!」


 何やかんやいってすべて話す羽目になったのは、羽美子ちゃんのせいだった。私がいない間にここへ来て、波瑠ちゃんと一戦交えていったらしい。教室に戻った時には戦闘は終了していて、不機嫌な波瑠ちゃんが焼け野原を凍りつかせていた、というわけだ。

 で、全部話した。


「まったく……あの色ボケ野郎、美玲にまで手を出すなんて……」

「色……ボケ……?」

「有名なのよ。あっちこっちの令嬢に遊び半分で話しかけて、向こうがその気になったらひらりと逃げだすってね。上手くやってるせいで怒れもしないの」


 誰かに刺されてしまえばいいのに……と波瑠ちゃんはどす黒い声で呟いた。おー怖。くわばらくわばら……。

 とか思ってたら波瑠ちゃんがギロっとこちらを睨んだ。ひえっ。


「いい? 美玲」

「はい! 仰せのままに!」

「まだ何も言ってないわ」

「でもYESしか許さないでしょ?」

「まぁね」


 波瑠ちゃんは平然と頷いた。


「今後、舞鶴のところに行く時は私を連れていきなさい。絶対に。いいわね?」

「はぁい」


 正直、それはありがたい。次があるとは思えないけれど、万一のことがあった時に波瑠ちゃんは本当に頼りになるから。


「まぁ、メイクしてなきゃ同一人物と分からないだろうから、大丈夫だと思うけど」

「……それはどうかしら」

「え?」

「噂だけどね」


 と前置きして、波瑠ちゃんはとんでもないことを教えてくれた。


「舞鶴のお兄さんって、“美人”が好きなんじゃなくて、“美人になるために努力している女性”が好きなんですって」

「……ん?」

「だから、メイク前後の顔が分かるし、その差が大きければ大きいほど燃える……とかなんとか、聞いたことがあるわ」

「えぇえ……?」

「油断ならないわよ、美玲」


 そんな特殊性癖をお持ちの方とは露知らず……。

 とりあえず、しばらく羽美子ちゃん家に行くのはやめよう、と決意した。


「無防備にしてるあなただって悪いんだからね、美玲。自衛をなさい自衛を」

「はぁい」


 そう言って波瑠ちゃんは自衛の仕方を教えてくれた。うっわぁすっげぇテクニックの数々……ありがたい……!

 でも役立つ日が来ないことを祈るね!


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