私の方を見てほしい! 3
羽美子ちゃんの家に着いてから約一時間。
「よっし、完璧じゃない。見違えたわよ、美玲」
「……あの……これは、一体……?」
私はものすごく綺麗な(そして高そうな)ドレスを着させられ、さらに髪の毛をセットされメイクまでされ、羽美子ちゃん好みの派手な感じにすっかり変わっていたのだった。
鏡の中には別人がいる。いやこれ誰だ? 自分でもびっくりだわ。やっぱプロの技ってすげぇ……。
「お父様の誕生日なの。暇だから呼んであげたわ」
「あ、ありがとうございます……? いやでも、え?」
「ふふん、感謝しなさい。そろそろ……来たわね」
ノックの音。
「美玲、しばらく黙ってなさい。いいわね」
「え? あー、えと……はい……」
圧力に負けて頷いた。一体何が起きるというのだろう?
羽美子ちゃんが顎をくいと動かすと、扉の近くに控えていた人が音もなく動いて扉を開けた。
「よぉ。毎年恒例の、だな」
「今年も良いプレゼントをありがとう、竜宝」
入ってきたのは王子――と、ボディーガードのお二人。平野さんだ!
「いつも似たようなもので悪いな。……なぁ、それ、誰だ?」
王子が私の方を見てものすごく不機嫌そうに顔を歪めていた。
「見たことあるような気がするのがまた腹が立つ……」
いやあの、そんな理由で怒られても私にはどうしようもないのですが……。
とか思いながら内心冷や汗をかきつつ、かと言って羽美子ちゃんの命令にも逆らえなくて――ばれないというのは案外面白いものだし。特に王子に対しては、日頃の恨みがあるからね――と私がふと目線を逸らすと。
平野さんが目をぱちくりさせて、金井さんや王子の方を窺っていた。
(……え? その反応は、もしかして……?)
「そうでしょ、分からないわよね!」
と得意げに笑った羽美子ちゃんが、きらりと目を光らせた。
「ボディーガードの方はお気づきのようだけど?」
(羽美子ちゃん?!)
「そうなのか?」
王子が振り返った。
金井さんは変わらず細い目を弧にしたまま「さて、私には……」と首を振った。
そして、平野さんは――
――私の方を、見て――
ふいと目を逸らした。
「……間違っていたら、申し訳ないので……」
その顔を見た王子が「はぁん」と頷いた。
「お前に心当たりがあるということは、美山か」
「ちょっと竜宝!」
羽美子ちゃんが鋭い声を上げた。
「あなたが言っちゃ意味ないじゃない! まったくもう、乙女の心を理解してないんだから!」
もっと言ったれー! と私は心の中で吠えながら、滂沱の涙(注:エアー)を流していた。
(平野さんは気付いてくださった……! 気付いてくださった……っ!!)
天にも昇る気持ちだった。自分でも自分じゃないような気がしているのに、平野さんは見分けてくださるのですね? なんて素晴らしい方なのでしょう……最高……尊い……好き……!
「美玲、気持ちは分かるけど泣かないで。顔を擦らないで。あなたメイクし慣れてないでしょう」
「はっ! ご、ごめん……」
羽美子ちゃんに注意されて、私は慌てて目を擦ろうとした手を止めた。危ないところだった……。
私の方をまじまじと見ていた王子が、ふいに納得したように頷いた。
「……そうか、元が薄味だから、盛れば盛っただけ反映されるんだな。真っ白なキャンパスに理想の顔を描いたみたいなもんか」
「事実ですけどムカつきますね?!」
「いよいよスパイらしくなってきたな、美山。良いじゃないか。この調子で頑張れ」
「嬉しくないですし絶対嫌です!」
もう、本当にこのクソ王子は! 人を何だと思っているのだろうか……っ!
ちっ……かくなるうえは……!
苛立ちがマックスになった私は反撃を試みることにした。
「そんなことより、王子?」
「なんだ?」
「今日の羽美子ちゃん、めっちゃ可愛くないですか?」
私の突然の問いかけに「はぁっ?!」と甲高い声を上げたのは羽美子ちゃんだ。
実際、羽美子ちゃんは超かわいい。赤が似合う勝気な美女、を今日は少しだけお休みして、ピンク系の柔らかな感じでまとめている。きっとこれは、普段の様子を見慣れてしまっている王子に対する挑戦なんだろう。
それを目の前に褒め言葉のひとつも言えないようでは、王子の度量が知れますねぇえ?!
さぁ照れろ! 照れるがいいクソ王子!
王子は顔を真っ赤にしてそっぽを向いている羽美子ちゃんをちょっと見詰めて、
「ふんっ」
と鼻で笑った。
そして――あ゛あ゛?! 乙女に向かってなんだその態度は?!――と私が怒鳴り出す前に一言。
「分かり切ったことなどわざわざ言うまでもない。いつもと違う雰囲気だが、それもよく似合っているな」
さらりと。
照れる素振りなど微塵も見せずにそう言い切った。
――……で、私の方を見て、馬鹿にするように唇の端を吊り上げた。
(くっ……これが、王子か……)
私は敗北を認めた。だが見てろよ、いずれ必ず勝ってやる!
――あとになって、顔を真っ赤にした羽美子ちゃんがこっそりお礼を言ってくれた。当然、私も感謝の気持ちを伝えた。恋する乙女たちは協力し合って生きていかねば、この恋愛戦国時代、勝ち抜けませんものね……!
☆
夕方になって、誕生日パーティが始まった。セレブというやつはみんなこうやって誕生日を盛大に祝うものなのだろうか……なんて暇z――いえ、社交熱心な方々……。
(まぁ実際、人脈って大切だもんね)
腐った人脈はとっとと切り捨てるべきだが、と私は遠い目になった。
私は羽美子ちゃんの後ろを侍女のようについてまわりながら、空気に溶け込もうと必死になっていた。さすがに二度目だから、王子の時ほど緊張はしていないが……
……なんか、普段より馴染めていない気がする。
羽美子ちゃんの陰に隠れている間は普段通りなのだが、羽美子ちゃんが誰かと話し始めてちょっと私から離れると、途端に
(なんだこれ……なんだこれ?)
これまでにない感覚だ。人の視線を感じるなんて――!
私はできるだけ羽美子ちゃんから離れないようにしながら、粛々と場をやり過ごすことに決めた。平野さんはどうやら車の方へ戻ってしまわれたようだし……。
ため息をこらえたその時だ。
蜂蜜を大量に入れたコーヒーのような声が私の方に向けられた。
「羽美子のお友達?」
「ええ、そうですわ、お兄様」
「これはこれは……」
うわわわわわわわ、羽美子ちゃんのお兄さんだ……!
光沢のあるスーツがめちゃくちゃに似合ってますね?! ものすごく勝気そうで陽気なイケメン! 陰キャの私なんかオーラだけで消滅させられてしまいそうだ!
その彼が、私に向かって、笑顔を向けている……?
「こんにちは。僕は羽美子の兄の
「え……は、はじめまして、美山美玲と申します……」
実ははじめましてじゃないんですが。前回すれ違った時はおそらく存在すら認識されていなかっただろうからそう言った。
すると彼は笑みを深めて、
「美山美玲さん! 美しい君にぴったりの名前だね!」
言うなり羽美子ちゃんのお兄さんは流れるように私の手を取って、軽く、キスをした。
――私の思考と呼吸がぴたりと止まった。
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