私の方を見てほしい! 2

 

 さて、残った任務の事を、私は忘れてなどいない。

 霜月七星ななせくん――彼について、探らなければならないのだ。……忘れてなんかいなかったよ? うん。しっかり覚えていましたとも。――忘れたい、とは何度も思いましたけどね!

 依頼を受けた日から約三週間、不定期に図書館へ通い続けた。定期的に行くと覚えられやすくなるからね。当然、曜日と時間帯も毎回変えて、行かない日は図書館の出入り口をさりげなく見張れる場所で見ていた。

 ――が、一度も、七星くんを捉えられなかった……。

 これは一体どういうことなんだろう?

 金曜日に王子へ相談してみたところ、至極まっとうなことを冷たく返された。


「普通に考えて、図書館に行っていないだけだろう」

「ですよねぇ。だったら、あのクラスメートの人は、何を見て言ってたんでしょう……」

「誰がなんて言ってたんだ?」

「霜月くんと同じクラスの女の子で、確か名前は――白音(しらね)さん? とかっていう図書委員の子が、“図書館でよく見かける”って」

「ふぅん」


 まったく興味の無さそうな相槌。くそっ、人の努力を何だと思ってるんだコイツは。


「まぁ、お前にしては努力した方なんじゃないか?」

「……」


 何様ですか、と問いたい。王子様だろ分かっていますよ。

 王子様は頭の後ろで手を組んで、横柄な態度で言った。


「白音とかいう奴がよく見かけるというなら、そいつがいる時に図書館へ行った方がいいんじゃないか?」

「はっ……確かに……!」

「そこに思い当たらないところがお前だよな」

「褒められたってことにしておきますよ」


 私は内心で舌を出しながら、殊勝に応えた。


「そういえば最近、舞鶴と仲良くやってるみたいだな」


 その話題を持ち出してくるとは思わなかったので、私は少し意外な感を覚えた。

 けれど素直にうなずいておく。別に不利になることなんてないし。


「ええまぁ、

「何よりだ」


 王子は、皮肉をたっぷりと込めた私の言葉をさらりと流して、


「一瞬とはいえ、自分をいじめたやつを相手に、よく仲良くできるな」


 “理解の埒外だ”とでも言いたげな調子でこちらをちらりと見た。

 私は少々ムカッとした――そもそもの原因は誰だよ! とか、お前の考えが甘いんじゃ! とか、いろいろな文句が胸中を吹き荒れた――のだが、それを鎮めて、大人の対応をしてやる。


「女の子のことを、そう簡単に理解できるとは思わないでくださいね」

「……」


 そういうと、王子はわずかにムスッとした。私のような庶民に言われたのがちょっとだけ悔しかったんだろう。へへっ、ざまーみろー!


「……次の週までに成果を上げなかったら、お前を解雇する」

「ええっ! そんなぁ、大人げない!」


 意趣返しにしてはやりすぎではありませんこと?!


   ☆


 だが王子はやると言ったらやる。真面目に解雇される。

 私は自室で一人、深く考え込んだ。


(どうにかして来週までに、成果を出さなくては……)


 しかし一体、どうやって?


(もう一度中等部に混ざる……いや、それはちょっと、危険だな。図書館に毎日入り浸ってみる、とか? こちらの身バレを覚悟で……うーん、それもなんだか……)


 私は出来るだけ目立ちたくないのだ。長年目立たずに生きてきたから、いまさら目立つとか絶対に無理。想像することすら出来ない。

 それに――なんだか、嫌な予感がしているのだ。


(王子はああ言ったけど……あの存在感の無さは、わざとような気がする)


 それでいて白音さんだけは認識しているのだから、彼女のストーカーとかかもしれない。うん、気持ちはよく分かる。だから『ストーカーはよくない』とは言えない。

 万一、私と同類、と仮定した場合――見つけるのは容易でないだろう。見つからないように見つからないように気を張っている人間を見つけるのが、どれほど大変なことか、私には分かる。見つからないようにしているわけでもないのに気付いてもらえない私からすれば、ね。


(それに、なんで隠れるのか、っていう、動機も気になる……)


 ワケあって隠れて行動しているなら、そうするだけの理由があるはずで。それが分からない限り、見つけるのは不可能だろう。

 白音さんのストーカー、っていうなら、分かり易いんだけどね!


(お宅訪問もしたけど、別に普通の高層マンションだったからなぁ)


 マンションだった所為で、中は覗けなかったけれど。

 場合によっては、住民のふりをして突撃をかけることも考えなければならないかもしれない。うーん、それはちょっと面倒だ。出来るだけやめておきたい。


(……とりあえず月曜、波瑠ちゃんに相談してみるか……)


 波瑠ちゃんにだったら王子だって文句は言えないだろう。そして波瑠ちゃんなら、きっといいアドバイスをくれるはずだ。

 そう思ったらなんだか気が楽になって、私はすっと眠りにつけた。


 ――翌朝、私はスマホを見て驚愕する。


『美玲、今日ヒマでしょう? あたしの家に来なさい。1時に駅へ迎えをやるわ』

「おお~……羽美子ちゃん……さっすが、自然な女王様ムーブ……」


 まぁどうせ暇ですけど。

 従順な返事をして、私はのっそりと起き上がった。


 この時の私は、その先に何があるかなんて考えもしないで、ただ「惰眠をむさぼらなくて良かった……」なんて思っていたのである。


 

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