第3章
私の方を見てほしい! 1
USJのCMみたいな声が出たのも当然だと思ってほしい。
「ゥワァオゥ……」
「オーバーね。これぐらい普通でしょ」
「いやいやいやいや、世間一般の“普通”からはまったくかけ離れてますから!」
「あなたの家が普通以下なだけじゃなくって?」
「めっちゃナチュラルに見下してきますね舞鶴さん……」
「美玲、相手にするだけ無駄よ。やめときなさい」
「はぁ~い」
私は今、舞鶴さんの家にいた。それがもうとんでもない豪邸で。白亜の宮殿ブリリアント・なんちゃらとか呼びたくなるような、そんなおうち。めちゃくちゃ綺麗で広くて……また舞鶴さんの部屋が広い! とんでもなく広い! これに比べたら私のマンションの一室の一部屋なんて犬小屋ですよ犬小屋! そして家具がいちいち高そう! 怖い! 迂闊に触れない!
「座ったら?」
「えっ、あっ、はい」
呆けている内に、舞鶴さんも波瑠ちゃんも席に着いていた。正直私は波瑠ちゃんの後ろに控える形で立っていたいんですけど……まぁ仕方がないか……。
椅子の座り心地に関してはもう余計な言葉を重ねるまい。すごく良かった。そして同時に怖かった。これが本当の人を駄目にする椅子だ……。
「それで、この間の件だけど」
侍女さんたちが手際よくお茶やお菓子を並べていくのを、まるで気にせず、舞鶴さんは言った。
「すっぱり忘れて頂戴。制服代は出すから」
「……え。いやいやいやいや」
「なによ、制服代だけじゃ不服? 鞄代と慰謝料も出していいわよ?」
「いや、そーいう話では……なくて……」
「じゃ、どういう話なのよ」
大きな目でじろりと睨まれると、なかなか恐怖を覚えるものである。
私は視線を合わせていられなくて、斜め下を見ながら、恐る恐る言った。
「別にあの……制服も鞄も濡れてないですし、お金に困ってるわけでもないんで……そういうのは、いらないです。はい」
それに、慰謝料を払うべきは王子だと思うので……とは、思うだけにとどめておいた。
舞鶴さんはなんだか納得いかないような、理解できないような顔で「ふぅーん。あんたがそう言うなら別にいいけど」と頷いた。
「あっ、そうだ」
「なによ」
「その代わりと言ってはあれなんですが――」
「何? 何でも言いなさいな。庶民の考えることくらい、大抵叶えられるわよ」
「――舞鶴さんは、王子のどこが好きなんですか?」
ガタンッ
という音は、舞鶴さんが椅子の上で全身を跳ね上げたから鳴ったらしい。
舞鶴さんは顔を真っ赤にして、
「なっ、ななななな、なにを……なんで……あんた、ねぇ……っ!」
あからさまな狼狽。おっとこれは思いの外可愛らしい反応だぞ?
「いやぁ、せっかくなんで、恋バナとかしたいなぁなんて……駄目ですか?」
「こっ、こい、ばな……?」
「そうです、恋バナです! だって波瑠ちゃんが相手だと私が一方的にしゃべるばっかで……申し訳ないので……」
「だ、だからって、あたしじゃなくても……」
「いえ、片思い仲間なんですから、ぜひ! 教えていただきたいのです! どうやってお近付きになったのか~とか! 今めっちゃ自然に喋ってるじゃないですか、あれ本当に羨ましいです! 私ももっと……自然におしゃべりがしたい……!」
「片思い仲間って……あんたは一体誰に?」
「……王子のボディガードの……平野さんです」
「……誰?」
「最近新しく護衛についた方ですよ! あ、いや、知らなくてもいいです! 知らないでいてくれた方がいいです、私としては!」
「あ~それは分かるわ。有名だと怖いものね」
「舞鶴さん、めっちゃ怖いでしょ」
「……ま、正直ね」
「ですよね~。え、舞鶴さんと王子って、幼馴染なんですよね? 小さい頃からずっと一緒だったんですか?」
「ずっとってわけじゃないけど……大体は」
「うわぁ、いいなぁ」
「どっちも親が親だから、何かの時には子どもを全員、同じ部屋に放り込んでおいた方が、色々と楽だったってだけよ」
「へぇ~。え、恋のきっかけとか、聞いちゃってもいいです?」
「――……仕方ないわね、特別よ!」
「やった!」
なんて、久々に女子力全開の話をする私たちを横目に、波瑠ちゃんは生暖かい眼差しで、紅茶を優雅に傾けるだけであった――たぶん耳は傾けていないけど。
☆
遠くで五時の鐘が鳴った。
「えっ、嘘、もうそんな時間?」
「もうそんな時間、よ。……まだまだ数時間は余裕で話せそうだけれど」
波瑠ちゃんが呆れた顔をしている。
話に夢中でまったく気が付かなかった……もうそんなに経っていたなんて。波瑠ちゃんの言う通り、あと数時間、いや数十時間は、語れることがあるって言うのに!
「ふふん」
と得意げに鼻を鳴らしたのは舞鶴さんだ。
「あんたには分からないでしょうね、神酒蔵。悔しかったら、恋の一つでもしてみなさいな。ま、無理でしょうけど!」
「無理で結構。元から求めてないわ」
「枯れてるわねぇ。あんた本当に同級生? 実は三十路超えてるんじゃなくって?」
「青春の使い方は恋愛だけとは限らないわよ」
「ふんっ、おばさんくさい意見」
「まぁまぁまぁまぁ」
空気がぴりぴりとし始めたので、私は慌てて間に入った。どうしてこう、罵倒合戦になってしまうんでしょうねぇこのお二人は……そういう宿命でも背負ってんですか?
「長居してすみませんでした。それじゃ、そろそろ失礼します」
「駅まで送るわ」
「え、いいんですか?」
「ふん、私の家が客を徒歩で帰らすわけないじゃない」
「あ、はい」
確かになーと思ってしまった。傲慢も突き抜ければ気高い。
部屋を出た時、不意に舞鶴さんがぷく、と頬を膨らませて、そっぽを向いた。
「……まぁ、今日は、退屈じゃなかったわよ。どうしてもって言うなら……また、話してあげてもいいけど」
波瑠ちゃんが「うーわツンデレのつもりかよキモッ」と言いそうな顔になったのを瞬時に判断して――波瑠ちゃんなら絶対に口にするから、それより早く! ――私は一歩前に出た。
「はい、ぜひ! またお話させてください!」
「……他人行儀ね」
「え?」
「片思い仲間、なんでしょ? 美玲」
一瞬、言われた意味が分からなくて――しかしすぐに察した。
「――そうでした、いや、そうだった。また恋バナしようね、羽美子ちゃん!」
「……ふんっ。まぁ、暇だったらね」
って言いながら、ちょくちょく恋バナするんだろうなぁ。羽美子ちゃんの性格も大体つかめて、怖さは全く無くなったし、うん、いい休日だった! 照れ隠しにそっぽを向くところとか、めっちゃ可愛いしね! 王子は早くこの可愛さに気付くべきだと思うんだよな!
(どうやったら気付くんだろう……幼馴染って難しいってよく言いますもんね……やっぱここはひとつライバルの出現がキーになって……)
なんて心の中で勝手に考えながら、羽美子ちゃんの後ろにくっ付いて階段を降りていると、ちょうど誰かが帰ってきたらしく、玄関が開くのが見えた。
入ってきたのは、羽美子ちゃんにそっくりの男性――もしかして、お兄さんかな? さっき、平野さんと同い年くらいの兄がいる、って言ってたもの。それにしても、すごくよく似てる。全体的に勝気な感じとか、陽性な感じとか、容赦無さそうな感じとか、そういうのをひっくるめて“イケメン”としか形容できないところとか。
その人が階段を見上げて、にっこりと笑った。
「おや、羽美子、珍しいね。ご学友の方々を連れてくるなんて」
「お帰りなさいませ、お兄様」
おおおおおおお~お嬢様ぁぁあああ~! お帰りなさいませ、お兄様、ですってぇっ? ふっはははは何て上流階級のやり取りか! 平民はこんなところでも興奮してしまうのじゃあ!
……波瑠ちゃんが白い目でこちらを見たので私は慌てて精神を統一した。呼吸を整えて、心を安定させる――よし。オッケー。
私たちが階段を降りるのを、舞鶴兄はわざわざ待っていた。それで、開口一番、
「羽美子が神酒蔵様のご令嬢と仲良しだったとは、知らなかったよ。こんにちは、神酒蔵様。こうしてお話するのは――うん、初めてだね。では改めて、舞鶴
と、優雅に一礼。
対する波瑠ちゃんは、先程までの白い目などどこへやら、完璧な営業スマイルを浮かべてお辞儀を返した。
「こんにちは、舞鶴様。神酒蔵波瑠と申します。本日も長くとどまってしまい、たいへんお邪魔いたしました」
「とんでもない。波瑠様のような美女なら大歓迎だよ。またいつでも来てほしいな」
「ありがとうございます。それでは、失礼致します」
歯の浮くようなセリフもさらりと凍り付かせて、波瑠ちゃんは会話を切り上げた。一歩先に行っていた羽美子ちゃんに並んで、颯爽と玄関を出ていく。うっわぁーかぁっこいい~!
私は――たぶん認識されていないな、って分かっていたけど――一応、形だけ頭を下げて、波瑠ちゃんの背中を追った。
……こんな地味な出会いが、後に大きく響くなんて、誰が予想した?
いいえ、誰も――。
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