もっとお話がしたい! 5

 

 江国さんに関してはもうこれ以上探りようが無いので、諦めた。というか何を探ればいいのかもわからないのに、どうして成果を挙げられよう。とりあえずやるべきことはやった、と王子に報告して、もう少し奴を問い詰めるところから始めた方が効率的に違いない。

 そういうわけで、彼女のことは金曜日までお預け。

 その代わりに、もう一人の方――霜月七星しもつきななせの調査を始めることにした。


(こっちも、“何を”探るかは分かってないんですけどね!)


 王子は言葉が足りないんじゃないかと心の底からそう思う。次はきちんと問い詰めてから仕事を受けることにしよう……。


(さて、とりあえず潜入してみたけれど)


 火曜日の昼休み。

 リボンの色を中等部三年のものに変えて、中等部の棟に忍び込んでみた。大丈夫、堂々としていればバレることはない、怪しまれなければ勝ちだ、と言い聞かせて、ゆっくりと棟内を歩く。

 霜月七星に関して、生徒会のデータは存在しなかった。委員会への参加はなし。部活動も、少なくとも表彰台に乗れるようなレベルではないらしい。乗っていたら、その記録は生徒会が保管しているからね。昨日のうちに中等部の職員室でいろいろと覗いてきたけれど、学外で活動しているということもなかった。名前の響きから女の子かなーなんて勝手に思っていたのは間違いで、実際は男の子。身上届によれば、両親ともに“公務員”となっていた――が、まぁ、おそらく国家公務員なんだろう。大学生の姉と兄が一人ずついるらしい。

 書類からわかることはこれでオッケー。あとは実際に会ってみるほかないわけだ。

 三年一組の教室に行く。職員室で見た顔写真に合致する人物は、と……


(おや? いないみたいだ……どこにいったのかな)


 留守にしているらしい。まぁ、本人との接触はできるだけ避けたいから、初手でエンカウントできなくたって別に問題ないんだけれど。

 都合よく、出入り口の近くに固まってしゃべっている女子たちがいたので、そこにそっと顔を混ぜる。


「――ねぇ、先ほどの先生のお話ですけれど、恐ろしくなくって?」

「そうですねぇ。そのようなことをする人間が、この学園内にいるだなんて」

「考えただけで震えてしまうわ。お父様に知れたら、転校することになってもおかしくないです」

「早く解決されてほしいものですわね」


 へぇ、何か事件があったらしい。何があったんだろう――と興味をひかれたけれど、本来の目的から離れてはいけない。それに、学園内の事件なら、王子に聞けば一番確実な情報が手に入るわけだし。

 今は、霜月くんのことが最優先だ。


「私も、お父様がこのことを知ったら、何と言われるものか……」

「そうよね。私の父もかなり気になさると思うわ」

「雪江さんのお父様は政治に携わっていらっしゃるのですものね。特別気になさるのではなくって?」

「ええ、麗佳さんのおっしゃる通りよ」

「麗佳さんのお父様は、お医者さまでしたね。ご心配なさるのでは」

「そうね、わたくしの場合は、父よりも母のほうが過敏になりそうですけれど」

「お母様は公務員をやってらっしゃるのでしたっけ?」

「いいえ、母は家におりますわ」

「あら、どなたか、お母様がご公務に携わってらっしゃる方がいらっしゃると思ったのですが」

「それは霜月さんのことね。彼の家は、ご両親とも官僚よ」

「お詳しいのですね」

「当然だわ」

「霜月さんといえば、教室にいらっしゃらないで、どちらに行かれたのでしょう」

「さぁ。霜月さんって、あまり人と関わるのがお好きではないようですから」

「図書館にいらっしゃるのは、よく見かけますわぁ」

「よくご存じね」

「わたくし図書委員ですからぁ」

白音しらねさんにぴったりね、図書委員って」

「ありがとうございます――」


 ――話の流れが変わった。時間もそろそろ厳しいし、私はお暇するとしよう。そっと口をつぐみ、輪の中から外れ、廊下に出る。

 私は内心ガッツポーズをしていた。


(霜月くんは図書館大好き人間か……! よかった! これで、いちいち中等部に来なくても済むぞ!)


 これが分かっただけでも大進歩だ。幸先が良い!

 幸先良いついでに、善は急げだ。リボンを変えるためにも、図書館にちらっと寄っていっておこう。

 中等部の棟を出て、図書館へ。学園の図書館は、公立の図書館か? って思うくらい、きちんとした大きな建物である。

 まず真っ先にトイレに入って、リボンを本来の色に取り換えた。

 それから、館内をゆっくりとめぐる。

 利用者は多くもなく、少なくもない。学内の大抵の人が、本は“借りる”ものではなく“買う”ものだという発想を持っている半面、図書館という空間を“読書に最適”として、好む人も一定数いるからだ。そして当然、私のような中流以下の人間にとっては、図書館は救いである。

 本を見繕うふりをしながら、館内全体を見て回る。


(……あれ……? ……どこにもいない)


 見逃しはなかった――ハズ。本棚の間も全部見たし、館内にいる人の顔は全員チェックした。けれど、霜月くんの姿は無い。


(入れ違ったかな……)


 その可能性も考えて、すれ違う人のことは逐一見ていたんだけれど。


(まぁ見落とすことってあるよね……私だって人間だし、プロの捜査員じゃないんだし)


 情報は得た。図書館にしばらく通えば、いずれ会えるだろう。といっても、突然図書館通いを増やすのは、少々目立つので、はじめの内は間隔を開けて。少しずつ少しずつ、この場に馴染んでいく必要があるだろう。


(本は嫌いじゃないから、ちょうどいいか)


 ついでに、新作と銘打たれた平台の上に並んでいた本の中から、適当に一冊取って、貸出手続きをする。これを読み終えた頃にまた来れば、ちょうどいいんじゃないかな。私の読むスピードは――例に漏れず――非常に平凡で、この厚さだと、毎日一時間ずつ読んだとしたら、三日から四日くらいかかる。貸出期限は二週間。


(とりあえず、来週の月曜くらいにもう一回来てみようかな。それでいなかったら……もう一度、あの女子たちに接触してみるしかないか……)


 麗佳さん、雪江さん、白音さんの三人組。図書委員だと言った白音さんはもとより、麗佳さんもなかなかの事情通だったようだし。“当然だ”と言い切るからには、それなりの繋がりがあるはずである。

 そんなことをぼんやりと考えながら歩いていたら、予鈴が鳴ってしまった。っとー、やばいやばい、遅れてはならない! 次の授業は……――数学だ。数学かぁ。


(予習はやってきてあるけど……三十%くらいの確率で間違ってるからなぁ……)


 出来れば事前に波瑠ちゃんと答え合わせをしておきたかったところだけど、こればかりは致し方ない。王子に任された仕事だったのだから――


(――……え? ちょっと待て、私……王子に生活を支配されすぎてないか?)


 私は将来、社畜と化しているかもしれない。そう思った瞬間恐ろしくなってしまって、私はそっと腕をさすった。

 労働者に人権を! 平民に発言権を! まるで革命前夜だ。ちなみに、私は臆病者なので、王子に反旗を翻すなんてこと考えも出来ないのだけれど。


(せめて賃上げ請求はしてもいいかな……してもいいよね……でもなぁ……)


 普通の賃上げとは勝手が違うのだ。私にとっての賃上げとは、平野さんともっとお話がしたい、とか、平野さんのことをもっと知りたい、とか、そういうもので――私の望みは、平野さんが忌避するところであるかもしれないのに、それを王子を通じて強制するなんて、そんなこと――そんなことは――


(――したくないんだけど、なぁ……)


 他に、お近付きになる方法がないのも確かだ。だから、『恋のため』を免罪符に、突っ走ってしまいたくなる自分がいる。そしてそういう自分が、情けなくていやらしいと思う反面、心底嫌いにもなれないんだ――


(…………やめた! そんなこと考えたって仕方ない! 今はただ、依頼に打ち込むのみ!)


 私は頭を強く振って、邪念を振り飛ばした。

 

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