もっとお話がしたい! 3

 

 王子に調査を頼まれたのは、中等部三年一組の霜月七星ななせさんと、高等部二年二組の江国咲貴子さん。


(うーん……探りやすい同級生の方から行くか……)


 というか、中等部の方はどうやって探ればいいんだろう。いやまぁ、制服はリボンの色が違うだけであとは全部一緒だから、リボンだけどうにかすれば潜り込むことは出来るだろうけど。

 御ノ道学園の中等部と高等部は、棟が丸ごと分かれている。しかも、視聴覚室とか理科実験室とか、普通の学校なら共用しそうな特殊な部屋も、全部それぞれの棟に一つずつ完備されている。ゆえに、中等部との接点は無いに等しい。


(これだから金持ちは……)


 共用しているのは図書館とホール、体育館ぐらいのものだ。霜月さんが本好きなら、少しは楽できそうなんだけど……。


(まぁ、それはさておき、だ)


 私は先日の一件で生徒会室から盗――借り受けたデータを開いた。各委員会の名簿を開く。もし彼女が委員会に属しているなら、ここに名前があるはずだ。


(江国咲貴子、えくにさきこ……――あった。……評議員か)


 評議員――一般的に言うなら、学級委員かな。なぜか私の学校は“評議員”と呼んでいる、クラス内で最も重要な役職。一番面倒臭そうだなぁと常々思ってやまないポジションだ。こんなの絶対にやりたくない――私の場合、手を上げても気付かれなさそうだけど。


(ふぅん、二組の評議員なんだ。……すごいな)


 二組と言えば、王子親衛隊筆頭・舞鶴羽美子うみこさんや、次期生徒会長に最も近い男、名高いトラブルメーカーといった、誰もが知っている有名人の巣窟――。

 そんなクラスをまとめるなんて、考えただけで鳥肌が立つ。よく評議員になんてなったもんだ……。


(どんな子なんだろう……やっぱり、陽キャかな。評議員は陽キャの役職だ……偏見だけど)


 果たしてうまく探れるかどうか。


(まぁ、まずは観察から、っと)


 すべてはそこから始まるわけだ。綿密な観察と地道な情報収集が、次の一手を決めてくれる。

 案ずるより産むが易し、は、私の経験上九割方真実だからね!


 ☆


 翌日。

 平野さん――もとい、王子の登校時刻に合わせるため、私は毎日、普通より少し早めに学校へ到着する。双眼鏡をそのまま持ち歩くと目立つから、鞄を持ったままいつものポジションに向かう。

 王子が使う専用玄関ホール(来賓も使うので厳密には“専用”ではないんだけど)の前を通り過ぎる。

 ちなみに、王子の親衛隊――今どきは“親衛隊”なんて言わないのかな? ファンクラブ? ――は、私よりもさらに早く、王子専用の駐車場に繋がる扉の前に集まっていた。

 あの会の中は一体どういう権力構造になってるんだろう……ちょっとだけ気になるけれど、首を突っ込んだら殺されそうな気がする……好奇心は猫をも殺すって言いますしね……。

 極力目を合わせないようにしながら、彼女らから最も遠い廊下の端を進んで――


「――竜宝様のお車に勝手に乗り込む女を見たのよ!」


 全身がびくりと震えた。


(お、落ち着け、落ち着け私……ここで挙動不審になったらばれるぞ……)


 どうやら昨日の私を見られたようだった。うっわマジか……王子親衛隊の捕捉力ヤバいな……。

 意識して歩調をいつも通りに保ち、少しだけ聞き耳を立てる。

 王子親衛隊たちは、動揺を抑えきれない、とばかりにざわざわとどよめいている。この様子だと、それが私だとは気付かれていないようだ……。


「私たちを差し置いて――」

「許せませんわ――」

「どこのどなたです?――」

「一刻も早く探し出して――」

「しかるべき処置を――」

「制裁が必要ですね――」


 ……これ気付かれたらデッドエンドじゃないかな? リアルで“制裁”なんて言葉を聞くことになるとは思わなかったし、その制裁対象が自分だとは思いたくないよ?

 私は自分の両腕をさすりながら、階段を足早に上がった。

 うわ、めっちゃ鳥肌立ってる……。


 ☆


 立っていた鳥肌は平野さんを見ることで収まった。あぁ、平野さん、今日もカッコイイです……! 怖い思いをした分、平野さんのカッコよさが身に染みる……!


(よくよく考えてみたら、顔は見られていないんだ。名前はおろか、顔すら分からない謎のXを、どうやって探し出すって言うんだろう。うん、そうだ、バレるわけがない!)


 そう思ったら一気に気分が軽くなった。体まで一緒に軽くなる。

 ――……でも、ちょっと怖いから、髪型は変えていこう。いつもの三つ編み――つまり昨日もしていた髪型――を解いて、一つ結びに変更する。うん、これで完全に捕捉される可能性は潰し切った!

 数ミリほど床から浮いているような心持ちのまま、私は教室に入って、


「ねぇ、ちょっとよろしいかしら」

「えあっ、はいっ?」


 入った瞬間、険しい顔をした女子数名に囲まれた。

 同じクラスの子だけれど……王子親衛隊所属の子だ。嘘だろ、バレた?!


「な、何でしょうか……」

「……」


 彼女らは私を上から下までじろじろと眺めて――

 ――しばらくしてから、お互いの顔を見合せ、何か目配せをする。それから、中央の子――なんだっけ……あ、そうそう、榊原さん――が、にっこりと笑った。

 殺意が籠った笑顔――。


「失礼、勘違いだったようだわ」

「……はぁ、そうですか……」

「最近、竜宝様のお近くに、不審な輩が出ているそうなの。あなたも何か心当たりがあったら、ぜひ、教えてくださる?」


 私は意識して、いつものように、ちょっと伏し目がちになり「あ、はい……わかりました」と答えた。

 親衛隊たちが解散して、廊下に出ていく。私は、『何だったんだろう……?』みたいな顔をして、ちょっとだけ彼女らの後姿を目で追ってから、ゆっくりと自分の席に向かった。ちらりと、「――身長、体形は一致。髪型不一致――」という声が聞こえて、冷や汗がドッと噴き出す。髪型変えておいて良かった……!


「……美玲? 何をしたの?」


 私が座るなり、波瑠ちゃんが振り返って言った。


「なんで私が何かしたこと前提なの?」

「あら、何もしてないの?」

「……しましたけど」

「やっぱり」

「でも今回のはVIPが全面的に悪いんだから……!」


 と、事の次第をつまびらかにする。

 全てを聞き終えると、波瑠ちゃんは鼻で笑った。


「やっぱあいつは最低ね。こうなることぐらい、簡単に想像できたでしょうに」

「確かに……」

「あいつと関わることになった以上、遅かれ早かれこうなってはいたと思うけれど……大変よ? どうするの?」


 改めて問われると――


「ど……どうしよう……? 顔は見られていないから、バレることは無いかなって思ってたんだけど……髪型と体形で絞り込んでるみたいだったし……いつか特定されそう……」

「特定されたら、死を覚悟することね」

「ですよね~……」


 波瑠ちゃんにまでそう言われてしまった。もう私に逃げ場はないのだろうか……。


「万一囲まれて身の危険を感じるようなことにまでなったら、すぐに言いなさい。私がどうにかするから」

「波瑠ちゃん……」


 嬉しいけれど、波瑠ちゃん、目が怖いです……。そうなったが最後、この学校潰されるんじゃないか? って思うような目をしてる……。いやあの、嬉しいんだけど……嬉しいんだけどね……核爆弾のスイッチって感じが凄い……放つ時にはこちらも相応の覚悟が必要だなこれ……。

 私は思わず遠い目になる。


「女子って、どうしてこんなに怖いんだろうね……?」

「あら。それじゃあ美玲は、平野さんに近付く女にも優しくなれるのね」

「……」

「それが答えよ」

「……なるほどー」


 いよいよ私は死を覚悟しなければならないような気がしてきた。

 しかも――王子からの仕事もある。

 調査対象は二年二組所属。親衛隊筆頭・舞鶴さんがいるクラス!


(虎穴に入らざれば虎子を得ず、って? ……いやいや、勘弁してよ……)


 初回から難易度ベリーハードってのは、少々鬼畜過ぎやしませんかね?

 遠い目は深まるばかりだ……。


 

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