第2章
もっとお話がしたい! 1
「ようやく捕まえたわ、この地味女。あたしの許しも無く竜宝に近付くなんて……覚悟は、出来てるんでしょうね」
とてつもない威圧感で凄まれて、私は唾を飲み込むのに失敗した。
おうふ……マジか……すみません覚悟とかまったく出来てません……まぁいずれこうなるだろうとは思っていたけどそれとこれとは違うっていうか、特定はされても捕獲はされないつもりでいたから、そちらさんの執念に負けたというか、やっぱ組織って怖い。人海戦術を採られたら私のような弱小個人には太刀打ちできない。
舞鶴さんを筆頭に、非常に怖い顔をした陽性の女子たちに周囲を囲まれて、陰性の私は目のやり場を失っている……。目が泳ぐ目が泳ぐ、冷や汗の海を目がバタフライだ。そうさ愛しい思いも負けそうになるに決まってんだろバーカバーカ! 放課後のトイレで殺気立った女子たちに囲まれてへらへらしていられる奴がいるなら是非お会いしたい!
あぁ――……果たして、私、生きて帰れるのだろうか……。
「生きて帰れるとは思わないことね」
しかしまわりこまれてしまった!
現実を認めたくない私の脳は、まだ平和だった頃にトリップする――
☆
王子の誕生日パーティが終わった、最初の月曜日。
波瑠ちゃんから、顔を合わせるが早いか、物凄い剣幕で説教され、私はすっかり意気消沈していた。や、まぁ……波瑠ちゃんが怒るのは当然かもしれないけれど。心配してもらえるのは嬉しいけれど。昨日も電話で同じ話したし……それに、やっぱり、生は怖いっす。
「――それで? 写真一枚にまんまとつられて、あいつの犬に成り下がったってわけ?」
「波瑠ちゃん、言い方……」
「事実でしょ」
「はい」
圧に逆らえなくて、私は頷いた。私のこともなかなか酷いけれど、王子のことまでVIPから“あいつ”に格下げされている……さすが波瑠ちゃん。そんなことあなたにしか出来ません。
波瑠ちゃんが大きなため息をつく。
「あのね美玲。あいつには、あんまり関わらない方がいいわ。あいつ自身に非はないけど、あいつの周りは過激だから。巻き込まれたら――というかもうすでに巻き込まれて死にかけたじゃない。少しは懲りなさいよ」
「わぁいぐうの音も出ない」
「美玲」
「はいすみません」
一片のボケすら許されないとは……まぁ確かに、波瑠ちゃんの言うことは正論だ。私だって、関わるべきじゃないと思っている。比喩でなく、彼のいる世界と私がいる世界とは違うのだから。一般人が迂闊に踏み込んだら、それこそ、一昨日の夜のように――
――首筋がひやりとして、私は少し身震いした。
たぶん、あの夜の恐怖は、私に一生ついてまわる。
けれど、あの場所で得たものは、それだけじゃない。
「ごめん波瑠ちゃん。でも私、やっぱり、平野さんが好きだから」
恋する気持ちは止められないんだ!
「だって平野さんちょー好い人だったんだよ! すごく優しいしイケボだし、強いし優しいしカッコイイし、もう完璧! 最高! あぁ~……最高……」
ふふふふふふ、あの時の平野さんのことが思い出されて、笑いが止まらなくなる。頬がだらしなく緩んでいるのが自分でも丸分かりだ。だって平野さん、私の顔と名前を覚えたって言ってくれたし。これからよろしく、って。よろしくお願いします、って! ああもう最高かよ! 私は最低だったけど平野さんは最高だった! いや分かってたけど! 平野さんが最高ってことは分かってたけど!
そんなことを思いながらにやにやと相好を崩していたら、波瑠ちゃんは何だか微妙な顔をしたのだ。
可哀想なものを見る目――あるいは、微笑ましいと思っている目。うーん、どっちだろう?
「楽しそうで何より、って言えばいいのかしら。……それでも、危険なことと、犯罪だけはやらないように気を付けるのよ。もし無理やりやらされそうになったら、遠慮なく私の名前を出して断固拒否しなさい。いいわね」
「はーい」
「それと、“路栄”って名前が出たら、特に気を付けなさい」
「ろえい?」
なんだそれ。名前か?
「聞いたことあるでしょ。進学塾・路栄ソフォース」
「……あぁ~」
言われてみれば、そんな名前の看板を駅前の一等地で見た記憶が。しばし遅れて、テレビのCMを思い出した。『しんが~くするなら知恵あるこの場所、君の未来をつか~みと~る、ろえいろ~えい~、ろえいそふぉ~す~』っていう歌の、アレ。変に頭に残って嫌なんだよね、ダッサイのに。
「あそこの一族は、昔っからVIPの家と仲が悪いの。それはもう、時代が時代なら真っ向から殺し合ったぐらいに」
「へぇ。そんなに悪いんだ」
「元々は政敵だったの。どっちも貴族とか幕僚とか官僚として、覇権を争ってきたわけ。その上、どっちも教育関連に熱心な家だったから、在野に降りてからも、敵対関係が続いたの。お互い学校を経営したかったんだけど、御ノ道家が手を回して、路栄家を文科省お墨付きの教育現場から排除したから、路栄家は仕方なく塾経営で我慢したってわけ」
「あー……なるほど」
それは嫌いになるわけだ。納得の理由だった。
「最近は特に関係が悪化してるわ」
「なんで?」
「御ノ道家が、塾経営を始めようとしてるの」
「え」
「路栄家からしてみれば、堪ったもんじゃないでしょうね。ただでさえやりたいことをやらせてもらえなかった上に、どうにか築いた今のフィールドすら侵攻されそうになってるんだから」
まぁ、宣戦布告されたも同然よね、と波瑠ちゃんはさらりと言った。
「つまり、御ノ道と路栄は今、戦争状態にあるの。だから、今は特に危険なのよ」
私はふんふんと物分かりの良い振りをして頷きながら、昨日の王子の話を思い出していた。“うちと競合している”と言ったのは、路栄のことだったのか。ということは、今後は路栄家のことを探らされたりするのかな?
その時ふと、疑問に思った。
「ちなみに波瑠ちゃん」
「なに?」
「御ノ道家に塾経営をやめさせようと思ったら、どんな手を使うのが一番効率的なの?」
波瑠ちゃんは少し怪訝そうな顔をしながら、「そうね……」と考えて、答えた。
「資金とか土地の面から攻めるのは難しいでしょうね。そのあたりは強いから。それ以外で潰そうと思ったら……――そうね、やっぱり、社会的な地位というか、信用を失わせるのが手っ取り早いかしら」
「信用?」
「一昨日の件が良い例よ。あれ、路栄が関係してたんでしょう?」
あー、さすが波瑠ちゃん。隠し事が出来ない……するつもりもないし、言うなとも言われてないから、いいんだけれど。たぶん王子だって、私から波瑠ちゃんへ筒抜けになることを織り込み済みでいるだろう。
波瑠ちゃんはどこか苛立っているような様子で続けた。
「教育機関の信用を失わせようと思ったら、先生に不祥事を起こさせるか、問題児を発生させるか、あるいは生徒に危害を加えるか、どれかでしょ。一昨日の事件は、まさにそれを狙ったものと言えるわ」
「……あ、そっか」
一昨日の事件は、どれも未遂に終わったが、完遂されていたら被害者も加害者も御ノ道学園の生徒だった――責任の追及は学園側に行くだろう。少なくとも、主催者であった御ノ道家には、確実に。世間の糾弾に晒されながら、新事業を展開するなんてこと、いくら御ノ道家でも不可能だ。
波瑠ちゃんがゆったりと頬杖をついた。
「……本当、反吐が出るわ。関係ない人を巻き込むなんて。それが大企業のやることか、っての」
その小さな呟きには、燃えるような怒りと、強い意志が籠っているように聞こえた。
『私なら絶対にそんなことはしない。私ならそんなこと絶対に許さない』
と。
――波瑠ちゃんもまた、向こうの世界の人だ。
それが心強くて――少しだけ、寂しい。
始業のチャイムが鳴って、波瑠ちゃんは私に背を向けた。
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