お近付きになりたい! 7


 一時間で疲労困憊状態に陥った。

 もう呼吸すら億劫だ。

 波瑠ちゃんは悠々とした態度で、大人を相手に丁寧な対応をしている。……あぁ、さすがです……わたくしめのような庶民とはまったくもって、住む世界が違う。

 立食形式のパーティで、今を逃したらきっと二度と食べられないのだろうなーと容易に想像できる豪華な食事が並んでいるのだが、とてもじゃないけど手を出せない。無理、絶対無理。情けないと笑う自分が心の片隅にいるにはいるけど、その声は蚊の鳴く声より小さい。だって実際無理なんだもん。

 有り難いことに、波瑠ちゃんが目立ってくれているから、その陰に隠れてやり過ごせているのだけど。

 おかげで、私に注目するような人間は誰一人としていない。乾杯用のドリンク(シャンメリーかな?)を配られた時にも、私だけ飛ばされたぐらいだ。どうやら、私のステルススキルは御ノ道家の人たちにも通用するようである。いよいよヤバいな、私。


 とはいえ雰囲気が重厚すぎる。

 圧が凄い。

 空気が薄く感じる。

 これでも少しは慣れてきているんだ。最初の三十分はマジで死を覚悟していたからね。けれどだんだん、私のステルススキルがきちんと作用していて、ぼーっとしていようが凝視してみようが、気付かれることはないという確信を得られた。

 疲労は蓄積される一方だけど……はぁ……これでようやく、周りに目をやれるようになった……さぁて平野さんはどこかな、っと。


 会場内をゆっくりと見回す。

 お給仕さんたちが軽やかな仕草で来賓の間を歩いていく。ほわぁ、プロだ。気配の消し方が素晴らしい。あらゆる所作がさりげない。美しい。

 壁際には警備の人が立っている。威圧感は出さないように、けれど決して油断していない立ち姿。あーカッコイイなぁ。平野さんは……外かな……残念……。どうやら三交代制みたいだからね。定期的に――十五分おきに――中の壁際・中の巡回・外、で入れ替わっているのが見受けられた。情報共有と意識の刷新、見落としの予防が目的だろう。


 落ち着いて観察してみると、同じ会場内にいる人の間にも、ランクというか派閥というか、そういう力関係が生じているのが分かる。

 同じランクの人同士が固まっていて、離れ小島みたいに点々としている。島と島の間を行き来する人間はそんなに多くない。もちろん、交流がメインの目的だろうから、島を離れて話すことはあるけれど、長居することはレアケースだ。

 波瑠ちゃんはかなり上位のランクに属しているらしい。私ですら知っているような大企業の社長とか、政治家とか、そういう人たちがたくさん同じ島の中にいる。同年代だと、一通りの挨拶を終えた王子や、舞鶴さん、『サンタの袋』の社長の息子・虎谷くんあたりがいる。王子と特別距離が近い、あるいは波瑠ちゃんのような国レベルの一大企業関連、という人たちで形成されているのがトップランク。

 ワンランク下がると、御ノ道家と関わりのある子会社や、『スクナ』や『サンタの袋』には敵わないものの大きな企業の経営者などが、銘々に島を作っている。職種が近いもの同士で集まる傾向があるみたいだ。……それもそうか。良い情報収集の場だもんな。

 さらに下がると、優秀ではあるが個人経営だったり、王子と仲が良いがそれほど上流でもない、という人たちが小さくまとまっている。ここの人たちの動きが一番積極的で、少しでもチャンスを広げようとしているんだなーというのがよく分かる。


 ――そこに、葉鳥くんの姿を見つけた。

 葉鳥くんは、同年代らしい子たちとゆったり談笑している。


(緊張は……してない、けど……なんだろう。ちょっと、落ち着きない感じ?)


 どことなくそわそわしているような気がする。あー、まぁ、分かるけどね。こんな場所にいてそわそわしない人間はもう別次元の人間だからね! 波瑠ちゃんとか王子とか!

 と、不意に、葉鳥くんがグラスを置いて、スマホを取り出した。

 画面を見て、その顔が一瞬だけ固まる。

 それから、素早くスマホを仕舞うと、同じ場所にいた人たちに向かって、片手を挙げる。何か断ったらしい。そうして、島を離れる。その足は、真っ直ぐ会場の外を目指していた。


(お手洗いかな……)


 うん、順当に考えたら、それ以外ない。あるいは、電話が掛かってきたから掛けなおす、とかね。

 ――……それにしては、表情が硬すぎたような。


(……行ってみよっかな。暇だし)


 ついでに豪邸探索とかしてみたいし。バレたらめちゃくちゃ怒られそうだけど。

 葉鳥くんの隠し事が分かれば、平野さんにお会いできるわけだし!

 私は何気なく島を離れて、会場の外に出た。


   ☆


 尾行のコツ?

 ――相手と歩調を合わせること。

 ――付かず離れずの距離を保つこと。

 ――相手が曲がっても焦らないこと。

 いろいろ挙げられるけれど、一番は、これ――『尾行しています』と意識しないことだ。

 偶然、見知らぬ他人と行く方向が被ってしまって、ずっと後を付いていってるような形になること、あるでしょう? あの時の感覚で行くのが一番いいらしい。尾行するつもりで尾行すれば、無意識の内に緊張が出てしまう。だから、尾行はしていない振り。緊張感を出さないのがポイントなわけだ。


 そういうわけで葉鳥くんの後を付いていっている。

 なんだか意識しなくても大丈夫そうだ。彼はひどく焦っている。すごく攻撃的な足音。床がカーペットじゃなくなって、足音が目立つ素材になってしまったから、バレるんじゃないかってちょっと不安だったんだけどね。向こうの足音にこちらの足音を混ぜ込めば、まったく問題ない。

 葉鳥くんは玄関を出ると、庭の方に向かって曲がった。

 私はそれを見届けながら、しかし外には出ず、廊下を同じ方角へと曲がる。

 窓に沿って歩いていく。廊下は明るく、窓にはレースのカーテンが掛かっていて、外から中を覗くことは出来ないだろう。


(――……っと、いたいた)


 カーテンの隙間から、窓のすぐ外側に立つ葉鳥くんの背中が見えた。私は、窓と窓の間にある柱に背を付けて、隙間から様子を窺う。


(……前にもう一人、誰かいるな……)


 ここからではよく見えないけれど、葉鳥くんより背の高い男性がいるらしい。

 二人は何やら言い合っている。まぁ……どう控えめに見積もっても、和やかな雰囲気ではない。

 葉鳥くんが何度も首を横に振る。その度に男は苛立っているようで、腕を組んでは解いてと繰り返す。


(あー、なんだか……ヤバい雰囲気……)


 これが隠し事の正体か……――と思ったその時、


 ガンっ!

「っ!」


 私は口を押さえて飛び上がった。男が窓を殴ったのだ。あっぶねぇ~思わず口から心臓が飛び出るところでしたぜ……とか言ってる場合じゃないな。

 どうやら男は我慢の限界に至ったらしい。

 懐に手をやって、取り出したものを握り、手首を鋭く返す。

 パチンっという音を、私の脳が勝手に補った。

 映画とかで見たことあるやつだからね。


(――……ジャックナイフ、っていうんだっけか。飛び出し式の、折り畳みナイフ……)


 あぁ、銀色の刃が凶悪な光を放っている。

 刃渡り十二~三センチといったところだろうか。急所を狙えば充分に人を殺害できる凶器である。


(……え、マジ? ……これ、あの……ヤバいのでは?)


 これは真面目に警察沙汰になるやつだ。

 私はすぐさまスマホを取り出して、ムービーを起動させる。連絡を取ろうにも波瑠ちゃんぐらいしか番号知らないし、誰かを呼びに行っている間に葉鳥くんが殺されて犯人が逃走してしまったら意味ないし。それだったらこうして、録画しておいた方が――……にしても、ちょっと暗いな……顔が映らなきゃ意味がない。アシストライトを点けて、っと。


 ――明るくなった画面の中で、ひどい形相をした男と、目が合った。


  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る