お近付きになりたい! 6


 さて、ついに、今世紀最も疲れるイベントが襲来した――

 ――王子の誕生日パーティである。

 あぁ、とんでもない豪邸が、今私の目の前にある。言うまでもなく、王子のお屋敷だ。何だよこの家本当に個人宅かよ。なんでこんなに大きいわけ? 家の中にどうして車で入っていくの? 正門から玄関まで何メートルあるんだよコレ。総面積何坪? ってうわ! 庭! やっば、庭園の生け垣がラビリンスになってる! テーマパークかよ!

 なんだか途端に不安になってきて、私は波瑠ちゃんに縋りついた。


「ねぇ、私、本当に行っていいの? 私なんかが混ざって、本当に大丈夫なの?」

「大丈夫よ。いつも通りにしていればいいから」

「ちょっと待ってめっちゃ不安なんですけど」

「自分のステルススキルを信じなさいな」


 あ、確かに。

 そうだった、私は目立たない女。いつでもどこでも平均点、平々凡々の平子ちゃんだった。


「それに、きっと平野さんもいるわよ」

「よっしゃ波瑠ちゃん早く行こう!」


 そうだった! 休日も平野さんを拝見できるなんて、なんて最高なんだろう!


「現金なものね……」


 うん、波瑠ちゃん、正論ですので反論いたしません。


   ☆


「お……ぅあ……」


 たいへん優美で豪奢な内装に見惚れていたら、「呻き声みたいな声出さないの」と波瑠ちゃんに注意されてしまった。ごめんなさい、でもどうか許してほしい。庶民にとってはこんなの視神経への攻撃でしかない。そして、当然ながら、効果は抜群なのである。

 だってあのシャンデリア……天井画……さらにこの木目を生かした大胆なアラビア模様の床……なんだろう、すごく、どこかで見たことがあるような……――


「――……あ、分かった。あれだ。ザンクト・ガレン修道院図書館」


 修道院と合わせて世界遺産に登録されている、スイス最古の図書館だ。私が唯一行ったことのある海外で、とてつもなく感動した記憶が脳裏に刻まれている。あの計算され尽くした美しいバロック建築――あれに和のテイストをさりげなく混ぜ込み、なおかつ現代的にすれば、まさにこの場所になる。

 あの感動が、この日本の片隅で蘇ってくるなんて……!


「うっわぁ……」


 これ、建てるのにいくらかかったんだろう……きっととんでもない額なんだろうな……。――って、すぐにお金のことを考えてしまうのが庶民の悪い癖。


「美玲。行くわよ」

「あ、はい!」


 波瑠ちゃんに先導されて、玄関ホールを通り抜ける。

 招待状を見せ、簡易的な荷物のチェックを受けた。えぇ~子どもの誕生日パーティに、簡易的とはいえ、手荷物のチェックまでするんだ~さっすが~――という顔をしていたら、波瑠ちゃんが呆れたような目で私を見た。『そういう顔はやめなさい』って言いたいんだろうなぁと勝手にアテレコしてみる。

 まぁこの程度のチェックだったらある程度の物は持ち込めるな……。

 手荷物が返されると、超一流ホテルのフロントにいそうなスーツ姿のお姉さんが、にっこりと笑って私たちを見た。


「神酒蔵波瑠様と、お連れ様の美山美玲様で、お間違いございませんか」

「はい」


 波瑠ちゃんが微笑しながら優美に頷く。それから、「発送したものは届いておりますか」と聞いた。


「はい、確かに承っております。この度はお気遣いいただき誠にありがとうございます」

「いえ、こちらこそ、祝いの席に加えさせていただく栄誉を賜り、光栄です」

「恐縮です。本日はどうぞごゆっくりお過ごしください」

「ありがとうございます」


 軽く一礼して颯爽と歩き出す波瑠ちゃん。ちょーかっけぇ……! 惚れ惚れするね! あのお方が私の友達なんだぜ信じられないだろ!

 と、唐突に波瑠ちゃんが半身振り返って、『来なさい』とばかりに顎をくいと動かした。ひゃあああカッコイイ! ちょーカッコイイよ波瑠ちゃん!

 ――……って、あ、見惚れてる場合じゃないのかこれ。私も行くのか。

 慌ててお姉さんに会釈をして、小走りに波瑠ちゃんに追いつく。


「美玲」

「ごめんなさーい」


 小さく謝りつつ、気になっていたことを聞いてみる。


「ところで、発送って? 何か送ったの?」

「誕生日のお祝いよ。こういう時は、現物はあらかじめ配達しておいて、パーティの最中に手渡しするの。招待された以上、手ぶらでは来られないでしょ」

「えっ」


 うっそ私何もやってない! ヤバいかなこれヤバいでしょ!


「大丈夫よ美玲は。私が強引に捻じ込んだだけで、正式には招待客じゃないから」

「あ、良かった……ん?」

「どうしたの?」

「波瑠ちゃん……“強引に捻じ込んだ”って……?」

「……」


 にっこりと笑う波瑠ちゃん。あー可愛い、ちょー美人、めっちゃ怖ぇ!

 私は唾を飲み込んで、何も疑問に思わなかったことにした。

 引き際って大事だよね!


   ☆


 そして私たちは会場に足を踏み入れる。

 入った瞬間、私の頭はパニックを起こした。

 ねぇ、個人宅に大催事場って存在するものなの?

 小さな体育館くらいはある部屋。部屋? ホール? もう何て呼んだらいいのか分からない。披露宴会場とか宴会場とか、英国貴族が舞踏会を開く場所とか、そんな感じ。

 赤いカーペットに足を取られそうになるが、決して歩きにくいわけじゃない。気後れしていて足がもつれるだけだ。

 大きなシャンデリアに目がチカチカするが、決して照明が強いわけじゃない。私の目が勝手に輝きをプラスしているだけだ。

 えぇ~これが個人宅? 嘘でしょ? 実はここホテルだったりするんでしょ? ……いや待て、そもそも、個人宅とはどういうものだったっけ? 個人が住んでいる邸宅? 邸宅! 邸宅っていうと一気に高級感が出てくるなぁそうすると私の家は個人宅とは言い難いってわけか!


「何を呆けた顔を晒しているんだ?」

「はっ! ……あ、王子――いえ、竜宝様……」


 と――……金井さん。


「あからさまにガッカリするな。金井に失礼だろう」

「あっ、はっ、すみません!」


 金井さんは王子の斜め後ろに控えて、愉快そうに笑っていた。元から細い目がさらに細まって、ほとんど見えなくなっている。普段と変わらないスーツ姿に、お祝い事だからだろう、少し光沢のあるネクタイを締めていた。


「平野は会場警備だ。それに言っただろう。任務達成が紹介の条件だ、と」

「はぁ……そうでしたね……」


 くっそ、そういうところだけ徹底しやがって。いくらイケメンでも許さないぞ!

 そう、王子は変わらずイケメンなのだ。ロイヤルブルーのブレザーが似合う男なんてなかなかいないだろう。……下を半ズボンにして赤い蝶ネクタイを着けたらどこぞの少年名探偵みたいになりそうだな……まぁ、事件解決能力は全くなさそうだけど。金ですべてを片付けるニュータイプの探偵……いや、もはやこれは探偵じゃないな。

 波瑠ちゃんが一歩前に出て、優雅に一礼する。


「こんばんは、竜宝様。本日はお招きくださってありがとうございます」

「よくお越しくださいました。今日はゆっくりしていってください」


 二人はにこやかに挨拶を交わした――かと思ったら次の瞬間声を潜めて、


「――で、どうして私を招待したわけ? 『スクナ』に何のご用事かしら?」

「お前ではなくお前のお兄様にがあったんだけどな」

「それは残念だったわね」

「わざわざ『二人連れ以上』『親族』と限定したのを捻じ曲げてまで、うちには関わりたくない、と?」

「そんなこと言ってないわ。父も兄も、本当に忙しいの。私が顔を出してあげただけでも光栄に思いなさいな」

「そいつはどうも、光栄なことで。――後ほど父がご挨拶に伺うと思いますが、どうぞよろしく」

「お心遣いいただきありがとうございます」


 この間、二人はずっと笑っているのだ。ただし、目は笑っていない。はぁー、ちょー怖ぇ。トップに立つ人ってのは高校生でもこうなのか! いやぁ怖いなぁ!

 ……ん? ていうか、ちょっと待って。

 私はふと思い至る。

 ここは、御ノ道家主催の誕生日パーティ。

 御ノ道家は教育や生涯学習などの方面をほぼ牛耳っている一大企業。

 見回せば――もちろん、私たちぐらいの年恰好の子も多い。が、それは全体の三分の一ぐらいのもので――スーツ姿の大人がたくさんいる。

 そして、私たち――正確に言うと、王子と波瑠ちゃん――に注目している。

 ……もしかして……いや、もしかしなくても、だ。

 これって、社交界とかいうやつに近い?

 お誕生日会とかいう牧歌的なやつではなくて、それを隠れ蓑にした、超一流企業たちの集会ってこと?


(波瑠ちゃん……なんていうところに私を連れてきてくれたんだ……!)


 私は決めた。

 全力を投じて、壁の染みになりきろう、と――!

 悲壮な決意を固める私に向かって、金井さんが微かに頷いてくれた。まるで、『わかりますよ。頑張ってください』とでも言わんばかりに。良かった、平野さんの先輩は庶民派の好い人だ……。良かったね平野さん……良かったね……!


 私がそっと心の中で流した涙を、知る者は誰もいない……。


  

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