お近付きになりたい! 5

 

 とりあえず、今の私に出来ることは葉鳥くんの張り込みぐらいだ。

 現在のところ、調査の結果は芳しくなく、張り込みの成果は出ず、あっと言う間に一週間が過ぎてしまった。

 犯罪スレスレのこともやったのに、(もちろん、波瑠ちゃんには内緒で、だ)成果が何も得られないというのは、なかなか精神的にツライ。

 尋常じゃない、この徒労感。

 葉鳥くんのお宅訪問(無許可)を断行しようかなー、とか、スマホにウィルス送りつけて通信記録を頂戴しようかなー、とか、そんなことも考えたけれど、さすがにヤバいなと思ってやめたのである。私偉い!

 だから、張り込みだけに絞っているんだ。


 さて、といっても、大したことはしていない。ただちょこっと、彼が帰るタイミングで同じ道を歩いて、彼のマンションの前で少し休んでから自宅に戻るというだけ。

 私の家が学園から近いことと、葉鳥くんの帰りが生徒会の所為で遅いということで、私は一旦家に帰って私服になってから、改めて尾行――じゃない、散歩をしている。これに関してはとっても都合が良かった。制服だと目立つし、何かあった時に厄介だからね。

 こんな感じで、張り付き始めた……の、だが。


 溜め息を禁じえない。

 一向に、成果が見えてこないだなんて……。


 葉鳥くんは真っ直ぐ帰宅して、寄り道はおろか携帯すらいじらない。何って真面目な子なんだ! お陰様で私の捜査はまったくはかどっていないよ! 人間もうちょっと遊びがあってもいいと思うんだ私は!


 六日目となる今日も、特に何事もなく終わってしまいそうだ……あぁ、何だったんだろう、私のこの一週間は。明日は王子の誕生日パーティだし。こんな疲労困憊の状態でパーティになんぞ臨みたくない。

 やっぱ、見立てが違ったのかな。っていっても、サルベージしたファイルにも怪しい点は無かったわけだし……危険を承知でもう一回生徒会室に忍び込んで、アナログ資料も漁ったんだけど、そっちも何も無し。にっちもさっちもいかないとはこのことだ。


 さぁて、どうしようかな……もうこれどうしようもないよな……いっそ隠し事なんて無かったんじゃないか? 全部王子の勘違いだったんじゃないかな……。


 などと思いながら、数メートル先を行く葉鳥くんの背中を見る。

 葉鳥くんは背が高い。痩せ型で、しゅーんと伸びてるつくしのような男子だ。王子とか生徒会長とかの陰にいるからあんまし目立っていないけれど、比較的イケメンの部類に入る。隠れファンも多くて、彼女たちにちょろっと評判を聞いてみたところ、“手が届きそうなところが良い”という意見が半数以上を占めていた。……まぁ確かに、王子の“高嶺の花”感すっごいもんな……わからなくもない。(正確に言うと“高嶺から見下してくる花”感。)


 ちらりと腕時計を見る。六時五十六分。六時半に学園を出て、彼のマンションまで約二十八分だから、いつも通りのペース。やっぱり、寄り道も着信も何も無い。

 日が沈んで、辺りはもう暗くなっている。

 だいぶ日が伸びたなぁとは思うけれど、さすがに七時近くともなれば、暗くなって当然だ。


(あーあ、今日も空振りか……まぁ、しょうがないか)


 なんて、思ったその時だった。

 一台の黒い車が、ヘッドライトも点けずに、私の真横を通っていった。最近の電気自動車とかハイブリッド車とかは恐ろしいね。真横を通られてもまったく気が付かないんだから。隠密性能を上げてどーすんだよ、って話。

 その車は葉鳥くんの一歩先で止まった。

 扉が開く。

 葉鳥くんは周囲をちらりと見回して、少し躊躇いがちに、その車に乗った。彼が扉を閉じるや否や、車は急発進し、あっと言う間に走り去ってしまう。


(おぉっとぉ……? これは……)


 突然のことに私は少々混乱した。

 歩くペースを変えないようにしながら、今見たことを頭の中で整理する。――黒い車。目立たないことを強く意識していた。葉鳥くんの様子からして、親のお迎えとかそういう感じではなさそう。ナンバープレートは見えなかった。

 腕時計を見る。時刻は六時五十八分。葉鳥くんのマンションの目の前に着いた。

 すぐ正面にあるコンビニに入って、飲み物とお菓子を買う。レジにはいつも同じ店員さんが立っているけれど、服装と髪形は毎日変えているし、買う物も毎回変えているから、私の顔は覚えられていないだろう。

 いつもならすぐコンビニを出て、近くの公園から葉鳥くんのマンションをしばらく見ているんだけど、今日はコンビニ内のイートインスペースに座った。

 彼の部屋は角にあるから、ここからでも灯りは見える。

 最上階、五階の角。

 親の帰りは遅いらしくて、葉鳥くんが入らない限りその部屋に灯りが点くことはない。

 いつもなら七時ぐらいには灯りが点くんだけれど――今日は、点かない。


(やっぱり、家とは別の場所に行ったか……)


 行ったのか、連れていかれたのか、それが問題だ。


(でも、これでようやく方向性が見えたかな)


 あの車の正体を探れば、おのずと彼が抱えている隠し事も見えてくるだろう。たぶん。わりとヤバそう、っていうか、ガチな犯罪方面に関わっていそうで少々怖さもあるけれど。


(よーし、やってやるぞぉ!)


 一時はこれ無理なんじゃないかって絶望したが、こうなれば案外早く、平野さんとお会い出来そうだ!

 そう思うと自然に頬が緩み、口角が上がってしまう。

 頑張れ私! 恋愛に試練は付きものなんだから!

 これを乗り越えて初めて、スタートラインに立てるんだよ!

 とはいえ、情報収集に焦りは禁物、だ。

 ゆっくり、じっくり、確実に――丸裸にしてやろーじゃん、葉鳥くんよぉ。


(赦せ、すべては私の恋のために……!)


 悪い笑みを浮かべていることは自覚できた。まぁ悪役気分って楽しいものだよね。暗躍、嫌いじゃない。



 私は七時十五分になるまで待って、結局灯りが点かなかったことを確認すると、コンビニを出た。

 四月も末だけど、風はまだ少しだけ冷たい。

 良い月が出ているのを見上げながら、私はこれからの展開に想いを馳せていた――これを解き明かせたら平野さんにお会いできるんだ。会ってみたらどうなるんだろう。そんな急展開することなんてありえないけれど、でも……平野さんのお声ってどんな感じなんだろう。うわっはぁ、楽しみ~!


 とか思った、その時。


 ふ、と、我に返ってしまった。


 ――どうして平野さんにここまで惹かれているのか、自分でもよく分からない。

 ただ、遠目に見ただけなのに……。


(……なんで、こんなに好きなんだろう)


 見た目? ――そりゃ良いに決まってる。ハッキリ言って、めっちゃ好みだ。だから一目惚れしたんだ。

 振る舞い? ――言うまでもなく、カッコイイよ。仕事に打ち込む男性って凄く素敵だ。

 雰囲気? ――なんとなく柔らかいような、温かいような、そんな空気感を纏っているのは確かだ。

 ここまで心惹かれる理由を、“運命”なんていう陳腐な二文字で片付けたくはない――


(話してみたら、ちょっとイメージと違ったりして)


 そう思って、苦笑する。それならそれで面白いし、これ以上思い悩まなくて済むからいいかもしれない。

 むしろ、イメージ通りだったらどうしよう。いや、イメージよりも良かったら?


(……十歳上で、王子のボディーガードで……え、これ、障害多くない?)


 どうやって近付け、と?

 そもそもこれ相手にしてもらえるのか?


 ――背筋が震えたのは、たぶん、夜が予想外に寒かったからだろう。


(今日のところは、早く帰って、暖かくして、明日に備えて早く寝よう……そうしよう……)


 寒い夜は嫌いだ。嫌なことばかり考えてしまう。

 足早に帰路を辿る私を、月だけが見下ろしていた。

 

 

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