お近付きになりたい! 4


 あの日から五日が経ち、木曜日。


「ふぅむ……どうしようかな……」


 私は実に久しぶりに、(カウントしたら大体四年ぶりくらいに、)心底悩んでいた。

 私の苦悩を聞きつけて波瑠ちゃんが振り返る。


「この間の、VIPからのお仕事?」

「そう~、それ~」


 机にべたんと突っ伏す。

 VIPと呼んでいるのは当然ながら王子のことだ。王子、と呼ぶと、別の人に聞かれた時に何かと不都合が生じかねないからね。一瞬で誰のことか分かっちゃうし。

 波瑠ちゃんは横座りになって、軽く溜め息をついた。


「ま、無茶な話よね。いくら美玲でも、生徒会には近付きにくいでしょ」

「いや、侵入は出来た」

「……マジ?」


 波瑠ちゃんが大きな目をさらに大きく見開いた。波瑠ちゃんのびっくり顔はレアだ! やったね!

 それから波瑠ちゃんは私の机の上に身を乗り出して、


「待って、あそこの教室って、カードキーでしょ?」

「うん。だから、役員の人が開けたのに合わせて、入った」

「……バレなかったの?」

「うん。誰も振り返らなかった。忙しそうだったし」

「……」


 絶句する波瑠ちゃん。あのね、私もちょっと無理あるかなーって思いはした。思ったけどやってみたら出来ちゃったんだもん、仕方ないじゃん。どんだけ影が薄いのかって話よね。

 あと、人間は案外、『慣れた場所』とか『いつもの面子』と思っているもののことは改めて詳しく見ない。忙しい時なんかは特に。誰かが――何かが――紛れてても、安心感が覆い隠してしまうんだ。


「あとはそのまま倉庫に隠れて、みんながいなくなってからパソコンをちょちょいと」

「パスワードは?」

「……書いてあった」

「嘘ね。あの生徒会のセキュリティがそんなに甘いわけがない」

「……」

「本当は? 何をしたの?」


 波瑠ちゃんの迫力に負けて私は口を割る。


「……世の中にはね、パソコンを起動させなくとも、外付けハードディスクドライブの中身を丸っとコピーできる代物があるわけですよ。もちろん、証拠も一切残さずにね」

「要するに――それを使ってデータを盗んだ、と?」

「ちょっと拝借しただけ、と、言ってもらえると助かります……」

「大して変わりないじゃない」


 波瑠ちゃんの大きな溜め息。視線が冷たい。凍え死んでしまいそうだ。


「まったく、そんなものどこで手に入れたのよ」

「お父さんがずっと前に買ってたの。『サンタの袋』で」

「『サンタの袋』……本当に何でも売ってるのね、あの通販サイトって……」


 さすがは世界規模の通販サイトである。ちなみにその日本支部の代表取締役の息子が隣のクラスにいたりするのだが。……一度ぐらい、いつもお世話になっております、って挨拶しに行くべきだろうか?

 呆れたついでに、という感じで嘆息して、波瑠ちゃんは苦笑する。 


「美玲のお父様って、スパイだったりしないわよね?」

「まっさかぁ! それはさすがに、映画の見過ぎだよ波瑠ちゃん」


 私の父は生粋のサラリーマンである。スパイ映画が大好きで、無駄にそういうグッズを集めまくってるし、海外に支社をたくさん持つ総合商社の監察課に配属されているせいで、海外赴任ばっかりしているけれど。おかげさまで私は、まったく役に立たないスパイ知識をたくさん持ってるし、半分独り暮らしという状態なわけだ。気楽でいいけどね。


「そういえば、美玲のお母様って、どんな方なの?」


 波瑠ちゃんの何気ない質問に、私は言葉を詰まらせた。


「……聞いたらいけなかったかしら」

「いや! そんなことはないよ! めっちゃ元気だし、離婚もしてないし!」

「そうなの?」

「そう! ただねぇ――お母さん、すごく、その……変わってて、ね」

「変わってる?」


 神妙に頷く。――あぁ、今でも鮮明に思い出せる。母の最初にして最大の奇行を!


「私とかお父さん同様、すっごく地味な人なんだけど……思考回路と、行動力だけは、人一倍派手で……」

「……」

「私が小学五年生だった時にね。その頃から、お父さんは何度も海外赴任を繰り返してたんだけど。ある日突然、お母さんが、『あなたばっかりズルい!』って言い出して……」

「……」

「『私も世界を回りたい、だから、バックパッカーになる』って。そう言って飛び出してそれっきり、帰ってこないんだ……毎月絵葉書が届くから、元気でやってることだけは分かるんだけどね」


 ちなみに、先月のはグアテマラからで、『路銀が尽きて死にかけたけれど、意外とどうにかなるものね! これから少しずつ北上します!』と書いてあった。この葉書が届くたびに、人間のたくましさを思い知って、大抵の悩みが消えてなくなるのだから、母親とは偉大である。


「美玲が美玲になるわけね……」

「え? それってどういう――」

「何でもないわ。それで? 首尾よくデータを盗めたのに、何を悩むことがあるの?」


 なんだか話を逸らされたような気がして、ちょっと釈然としなかったけれど、私は素直に頷いた。


「うん……借りたデータをさ、全部チェックしたんだよ。チェックしたんだけど、怪しいものは何一つとして見つからなかったんだ」

「へぇ」

「VIPに隠すようなことなんだから、けっこうヤバいネタが入ってんじゃないかって思ってたんだけどね~横領とかさ。予算案にも決算書にも一切不審な点は無かったし、よく分からんイベントを秘密裏に進めてたりもしないし、隠しファイルもなかったし、不審なアクセスもなければ、ネット閲覧履歴もメールも全部健全でさ……こうなったら、この土日は、削除されたファイルをサルベージして洗い直すしかないかなぁ」


 あぁ、憂鬱だ。どこまで遡ればいいんだろう。生徒会が溜め込んでるデータ量って半端ないし、本当に面倒だ。

 ――まぁ勿論、どんな作業であれ全力でやり遂げてみせますけどね! すべては平野さんとお近付きになるため!

 決意を新たにしていたその時、波瑠ちゃんがぽつりと呟いた。


「……生徒会じゃないのかもよ」

「え? 何が?」

「隠し事してるの」

「……どういうこと?」

「VIPは何を見て、『生徒会が自分に隠し事をしている』なんて思ったんでしょうね」

「そりゃ、役員の人の態度とか――あ、そっか」

「そう」


 波瑠ちゃんが小さく頷く。


「隠し事は個人的なことで、その人が偶然役員だった、っていうだけかもしれないわ」


 なるほど、確かにね。さっすが波瑠ちゃん! 私は一体どうしてこんな簡単なことに気が付かなかったんだろう。やっぱ頭の出来が違いますな!

 しっかし、そうなると、一番可能性が高いのは――取り巻きの中にいる人だ。


「よし、あの人を探るしかないか……」


 先週の情報収集で分かっている。VIPはあまり生徒会と深く関わらないようにしている。つまり、接点はあの人しかいない。

 ところが、個人を探るのは案外難しいのであって。VIPなら簡単だけれど、一般人は大変だ。普通は大量の取り巻き連中を引き連れてなんかいないからね、バレないように話しかけるというのは無理がある。あ、でも、この間奪っ――間違えた、お借りしたデータの中に、役員名簿があったな……住所もメルアドもあったし……行ける、か?


「美玲」

「……一週間張りこめば何か……」

「美玲」

「あっ、はい! 何でしょうか!」


 ハタと気が付くと、波瑠ちゃんがとっても怖い目をして私を見据えていた。

 そして、唇だけでにっこりと笑い、一言。


「分かっていると思うけれど――犯罪は、駄目よ」

「……はい。重々承知しております……」


 こうして、私の胸には深々と五寸釘が打ち込まれたのである……。


   ☆


 葉鳥秀和ひでかず、十六才、男。生徒会本部役員、書記担当。

 彼がターゲットで間違いないだろう。

 身長百七十一センチ、体重六十二キロ。市内の高級マンション『パークタウン花見月』の最上階に住んでいる。親は有名なお医者さま。(この辺りの情報は職員室に潜り込んで手に入れたものである。当然ながら、波瑠ちゃんには秘密だ。)

 木曜から金曜にかけてずっと見ていた感想としては――たいへん大人しくて、無口で、優秀。いつも静かに微笑んでいて、周りによく気を配っている。あれだけ大人数が一斉に移動する中にいて、彼が誰かと接触事故を起こす、ということは一度もなかった。それはもう、高性能なセンサーが搭載されているんじゃないかってくらい。

 それぐらい、緊張していた。

 彼が何か隠しごとをしている、というのは、ほぼ確定でいいだろう。

 問題は、一体何を隠しているのか、ってことなんだけど……。


「それが分かったら、苦労しないよね~」


 私はソファに寝っ転がった。父がどこだか知らないところで買ってきた、謎の巨大生物のぬいぐるみにヘッドロックを掛ける。

 彼がVIPの傍にいる理由を、私は知らない。噂で聞いたところによると、彼が取り巻きの一員となったのは、最近のこと――一年の後期になってからのことだったという。


「……わざと、VIPに近付いた?」


 いやいやまさか、何のために?

 権力を得たい? ――生徒会で活躍するには、王子との繋がりは邪魔だろう。

 目立ちたい? ――そのわりには、随分大人しく集団に溶け込んでいた。


「それ以外に、何があるっていうのさ……」


 あぁ、もう、分からない!

 私はぬいぐるみを放り出して、寝室に入った。

 こういう時は寝るに限る。大体、頭を使うのは好きじゃないんだ。

 どんなことでも、地道に調べていけば、いずれ分かるというものである。


「今日のところは、おやすみなさ~い!」


 ……なんて、暢気に構えていた自分を絞め殺したくなる日が来ようとは、夢にも思わなかったわけだ。


  

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