お近付きになりたい! 3
その週の土曜日。
私は波瑠ちゃんと一緒に駅前の高級ブティックにいた。
「ふわ…………」
「美玲、口」
「あ、はい」
思わず開けっ放しになってしまった口を慌てて閉じる。
いやだってねぇ、こんな、漂う空気まで数万円しそうな服屋なんて、初めて入ったものですから。もう緊張で目が回りそうだ。喉が渇く。
「アイツの誕生日パーティ、私の我が儘で付き合ってもらうから。悪目立ちしない程度の服を一式揃えるわよ」
「はぁ……はい……波瑠ちゃんの仰せのままに……」
「まぁ、美玲なら何を着ても似合うから、サイズを合わせてほしいだけなんだけど」
「素材が薄味ですからねー」
ははは、と乾いた笑いを浮かべる。私の場合、元々に癖が無いから、何を着てもまったく違和感を覚えないのである。ちなみにサイズも平均的なものを選んでもらえれば間違いなく着られるんですけれどね。身長体重ともに全国平均値ですから。
「じゃ、早速採寸してもらいなさい」
「はーい」
採寸の結果は、身長体重だけでなくその他の数値もすべて平均値であるということが判明し、波瑠ちゃんを爆笑の坩堝に追いやったとだけ述べておきます。以上!
堅苦しい買い物は真っ先に済ませてしまって、私と波瑠ちゃんは駅前をぶらぶらと流し歩いた。
時々カフェでまったりするのも、波瑠ちゃんとなら最高に楽しい。
天気も良くて暖かいから、オープンテラスでのんびりしよう――なんて二人で決めたのが、間違いだったんだって今なら言える。
過ちに真っ先に気が付いたのは波瑠ちゃんだ。
「げぇっ」
波瑠ちゃんが唐突に、全力で顔を歪めて、そっぽを向いた。
ん? なんだろう?
不思議に思って振り向いて、
「……あー、うん……」
私はゆっくりと顔を前に戻した。
王子だ……王子がいた……。(残念なことに護衛は金井さんの方だった……平野さんは車中待機かな……。)
もう振り向かなくとも気配で分かる。王子は真っ直ぐこちらに向かってきている。
そして私たちの席の隣で立ち止まった。
「神酒蔵か。奇遇だな」
「……こんにちは、御ノ道君」
波瑠ちゃんは誰がどう見ても作ったと分かる笑みを浮かべて、大人の対応をした。
「買い物か?」
「えぇ、まぁ」
「ふぅん。……ん?」
王子がふと私の方を見て、眉をひそめた。
「お前、どっかに居なかったか?」
おやおや王子よあなたも普通の人だったご様子で! その質問は、私と初対面の人が九十九%の確率でしてくる質問で、その内の約六十七%が初対面じゃないのですよ!
私はにっこりと笑って答えた。
「同じ学園に通わせていただいておりますので。どこかでお会いしたことはあるかもしれませんが……」
「声にも聞き覚えが……」
「よく言われるんです。ありふれた声なので」
チッ、意外と勘が鋭いじゃないですか王子よ。これはあのタイミングで切り上げておいて正解だったな……。
と、その時だった。
不意に波瑠ちゃんが目を瞬かせて、私の方を見た。
「ねぇ、チャンスじゃない?」
「――え? 何が?」
「もうこの際、言っちゃったほうが早くないかってことよ」
「え? え? 何を?」
あまりに唐突過ぎて私は全く話についていけなかった。波瑠ちゃんは一体何を言っているんだろう? 言っちゃったほうが? 何を? え?
波瑠ちゃんは優雅に腰掛けたまま、王子を見上げ、
「ねぇ、御ノ道君」
「なんだ?」
「先日まであなたを悩ませていた幽霊、いたでしょう?」
「あぁ、お前も噂を聞いたのか」
「あれの正体、この子よ」
「はぁ?」
ふぁっ?!
私は飛び上がった。いやマジで。椅子の上数センチくらいにまで尻が浮かんだ。
「ちょ、ちょ……波瑠ちゃん?!」
「美山美玲って言うの。私の親友。今度のあなたの誕生日パーティにも連れていくから」
「へぇ」
王子は芯まで冷え切った眼で私を見下ろした。後ろに控えている金井さんも同様だ。……やべぇ、何に怒ってんのか全くわからないんですけど、とりあえず超怖ぇ……。
「で、どうしてお前は、俺のボディーガードのことを探っていた? 何が狙いだ?」
「ね、狙いって……言われましても……」
「誰に雇われた?」
「やとっ?」
私は目を剥いた。雇われた? 私が? 誰に?
動揺する私に、
「美玲、はっきり言ったほうがいいわよ」
波瑠ちゃんがぴしゃりと言った。
「御ノ道君がいる世界のことを想像してごらんなさい。見知らぬ奴がボディーガードの情報を執拗に探ってたら、どう思うか――」
――……あ、なるほど。
そう言われて、気が付いた。
そうだった、王子は、
――その警護の情報が、悪い人間の手に渡ったら、どうなるか?
王子は危険に晒されやすくなるだろう。私がもし誘拐犯だったら、昨日までの一週間で得た情報をフルに活用して、誘拐の成功率を数倍に跳ね上げられる自信がある。
目が怖かった理由が分かった!
瞬間、私は反射的に立ち上がってホールドアップし、叫んでいた。
「あ、あの、違うんです! 私の目的は王子じゃありません! ただ平野さんに一目惚れしたってだけで! ――……あ」
「……平野に、一目惚れ?」
「あ……あ……や、あの……」
ヤバい、言ってしまった。言ってしまった! 王子が目を真ん丸にしている! 金井さんも呆気にとられた顔をしている! あああああああヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい! 顔が熱い! 体中の血が頭に昇ってきているようだ! 今の私の顔は真っ赤っかなんだろうなぁ恥ずかしい!
そしてこの沈黙である!
私は耐え切れなくなって、
「あ、あの、一目惚れって言っても適当な気持ちで言ってるわけじゃなくてですね、本当にあの私、平野さんが凄くカッコイイなぁって心からそう思ったわけでして、だってほらカッコイイじゃないですか! 遠目に見てもちょーカッコイイってそれしか思えなくって! それでその、少しでもお近付きになれたらなぁなんて思ったんですけど、そのためには王子に近付くしかなくって、だからその、あの、本当にすみませんでした! 悪用はしないので勘弁してください!」
言い募るや否や思い切り頭を下げた。
下げてからふと冷静になる――あれ? 私今何を言った? 何だかすごく変なことを言った気がするんだけど……。
自分の台詞をもう一度再生しようとした時、
「ふっ、あっははははははは!」
王子の高笑いが響いた。
「はははははは! 傑作だ! あの堅物に? 惚れたっ? あっはっはっはっは!」
何だかよく分からないけれど、ご機嫌は直ったらしい。
「おい、金井、今のコイツの台詞、平野に聞かせてやったか?」
「はい、つつがなく」
「よし!」
ん? おい待て王子、今何と?
――などと、問い詰められるほど私は豪気じゃない。その上、王子の方が行動が早い。
「おい、お前!」
「あ、はい!」
庶民気質が根付いているのだろう。滅茶苦茶上から目線で言われても、全くイラッと来ないばかりか、素早く直立不動の構えになってしまった。これがカーストというものか……。
「名前は」
「み、美山美玲と申します!」
「美山か。――お前に、頼み事がある」
「たのみごと……?」
嫌な予感しかしない。というか、コレ間違いなく、こき使われる流れに乗ってしまったよねオイ。
王子はニヤリと笑って私の目の前に人差し指を突き付けた。人を指差しちゃいけません、って、習わなかったんだろうな……あるいは、私のことを人として扱ってないんだろうな。
「生徒会が学園に隠し事をしている、という噂を聞いた」
「はぁ……」
「事の真偽を確かめてこい。出来るか?」
「えぇと……生徒会が、学園に対して隠し事をしているかどうかを明らかにする、ってことですか?」
「あぁ。そして、もし隠し事をしていた場合、その内容まで探ってこい」
「はぁ――」
私は少しだけ考えた。御ノ道学園の生徒会は、なかなかえげつない権力を持っている。初等科から高等科までのすべての学年のイベントに関与することができ、学校の予算の一部を自由に使うことができて、その上、他の委員会の委員長の任命権まで持っているのだ。これが社会だったら独裁もいいところ。もちろん、先生の監督は付いているが――現在の生徒会担当の先生は、なかなか大雑把なお人である。上手くやれば隠し事の一つや二つ、あっさりとまかり通ることだろう。さらに、現生徒会長はかなりのやり手と噂のお人。あまりよく知らないけれど。
生徒会に侵入するのは、難しいだろうか……?
――答えは、すぐに出た。
「わかりました。やってみます」
「出来るのか?」
「おそらく……やってみないと分からないことが多いですけど、たぶん大丈夫だと思います、はい」
王子はしばらくの間、怪しい骨董品を値踏みするような目で私を見ていた。
が、やがて、
「まぁいい。やってみろ」
と、踵を返す。
「出来次第報告に来い。そうしたら、お前のやったことは不問に付した上――」
背中越しに言ったと思ったら、首だけで振り返って、こちらを見た。
ハッ、何だか気障ったらしい、カッコつけた仕草なんかしやがって、全然カッコよくなんか――
「――平野に、お前を紹介してやろう」
「全っっっっっっ力でっ! 必ずやっ!! ご期待の成果を挙げてみせますっ!!!」
前言撤回、めっちゃカッコイイよ王子! 王子カッコイイ! ひゅーひゅー! いよっ、男前!
王子は肩を震わせながら去っていった。
私は椅子に座り直し、頭の中で計画を組み立てる。
胸が轟々と音を立てて燃えているのが分かる。脳味噌がぎゅんぎゅんと高速で回転しているのが分かる。生徒会室への侵入経路、隠し事をするとしたら何をどうするか、そして誰が関与するか――。
――すべては、平野さんにお会いするため。
――そのためなら、私は修羅にだってなれる!
「……失敗したかしら」
波瑠ちゃんの声を受け取る容量は、この時の私の脳内には残っていなかった。
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