お近付きになりたい! 2
お昼を食べ終えると、私はすぐさま教室を出た。
無論、王子に近付き情報を得るためだ。
王子の居場所はとっても分かり易い。黄色い声の発生源を辿っていけば、必ず発見できる。
――ほら、もう見つけた。
大きな群体になってぞろぞろぞろぞろと移動している。
私は息を殺さ
人の波というものは掻き分けてはいけない。そんなことをすればすぐにバレてしまう。上手く、違和感なく、さりげなく乗っかって、流れを少しずつコントロールして、ターゲットに近付くんだ。
数分かけて、私は王子の真横に辿り着いた。
「あぁ、そのイベントには出席しないことにした」
「えっ! そんな、竜宝様が出席されないなんて!」
「誕生日パーティが近いからな。忙しいんだ」
などという会話を取り巻き連中としている。
こうして近くで見てみると――うん、まぁ、王子も伊達に王子と呼ばれているわけじゃないよな。イケメンである。それは認めよう――ただしあのボディーガードさんには負けるけどな!
私はもうしばらく待った。
そして、耳を研ぎ澄ませ、チャンスを狙う。――新学期、新担任、四月、変更、護衛、そんなような単語よ、どうか来てくれ……!
逸る気持ちを全力で押えつけて、私は待った。情報収集の鉄則は“焦らないこと”。待つついでに、取り巻き連中の顔を見ておく。気の強そうなツンデレ系っぽい美少女――何だっけ、あの子は有名だ。確か王子の幼馴染で……舞鶴さん? だったっけ。唯一王子にタメ口で話しかけている。それから、秘書みたいに立ってる男子。生徒会の役員だった気がする――葉鳥さんって言ったかな、確か。もう一人の男子は知ってる。風紀委員長の真柴先輩だ。それから、あとは……うん、知らない顔ばっかりだ。葉鳥さんと真柴先輩以外は全員女子だし。王子にぐいぐい話しかけているのも、女子が基本だ。舞鶴さんが睨みを利かせている手前、あんまり目立つ真似は出来ないでいるようだけど。
「採寸ばかりさせられて、いい迷惑だ」
「また新しい服を買うの?」
「俺の意向じゃない」
「そういえば、パーティには神酒蔵様もご招待なされたそうですね」
「あぁ。『スクナ』との繋がりは作っておいた方がいいからな」
「さすが竜宝様。素晴らしい大局観をお持ちで」
「ははっ。大局観か。そうだな。それを持つように言われ続けてるからな」
「では、護衛の方を変えられたのも、竜宝様のご意向で?」
「いや、あれは親の判断だ。元々ついてた奴が昇進した関係で」
「そうでしたか。新しい方は、何とおっしゃる方なんです?」
「平野
「ねぇ、竜宝。誕プレ何が良い?」
「何でもいい。というか、そういうことは直接本人に聞いては駄目だろう」
「えー、だって、要らないものあげたってしょーがないじゃん」
「竜宝様、それは私も興味がありますわ――」
「――」
話の流れが変わった。今日はここまでだな。
私はするりと人波に潜って、群体から脱出した。
鼻歌と共にスキップしたくなるのを必死に我慢して、いつものように廊下を歩く。
あぁ、ステルススキルにここまで感謝する日が来るなんて、私自身これっぽっちも思っていなかった。今は感謝してる! ありがとう神様! 素敵な才能をありがとう! 愛してる!
あの人は平野刹那さんって言うんですねありがとうございます!!
☆
「でね、平野さんはね、現在二十六歳で、元自衛官だったらしいの」
「ふーん」
「誕生日は十月七日。なんでも、年の離れた妹さんがいるんだって。お母さんが亡くなって二人暮らしになったから、退官して、より休みの多い御ノ道家に雇ってもらったっていうことらしい」
「なるほど」
「平日の日中は毎日王子の護衛で、授業中は車の中で待機してるんだって。土日は基本非番で、それこそパーティとか、そういうのがある時だけ付くらしいよ。ちなみに、もう一人のボディーガードさんは
「へぇ……。ねぇ、美玲」
「ん? 何?」
「その情報、どこから手に入れたの?」
「王子に直接聞いた」
「……最近、こんな噂を聞いたんだけど」
何だか微妙な顔をしていた波瑠ちゃんが、急に話題を変えたので、私は小首を傾げた。もうちょっと平野さんについて語りたかったんだけどな……一週間の観察によってネクタイの好みと時計のブランドと歩き方の癖が分かったのに。
まぁいいや。噂って何だろう。
「王子が怪奇現象に悩まされてるって」
「怪奇現象?」
そんなオカルトな話を波瑠ちゃんが真に受けるとは。意外だ。
「それって、どんな?」
ちょっと興味を引かれて先を促すと、波瑠ちゃんは溜め息混じりに言った。
「取り巻きの中に幽霊が混ざってるんだって」
「ゆうれい」
「そう。さっきまで確かに話していたはずなのに、気が付くとその人はいなくなっているらしいの」
「ほほう……」
「聞くところによると、その幽霊、少し変わっててね――……ボディーガードについて執拗に質問してくるんですって」
「ふ、む……」
あぁ……波瑠ちゃんの目が怖い。
「ねぇ――誰かを、思い出さない?」
「サァテ、ダレデショウカネ……ゼンゼン、オモイダセナイナァ……」
「美玲」
「すみませんそれ間違いなく私です」
迫力に負けた……いや勝てるわけないってことは分かってたけど。
波瑠ちゃんは大きく溜め息をついて、呆れ返った眼差しで私を見た。
「美玲のステルススキルの凄さがよく分かるエピソードだけど。ばれたら危険よ?」
「……でもほら、合法だし……」
「確かに、法には違反してないけどね」
「目的は王子じゃないから、バレても最悪の事態にはならないかなぁって」
「そうかもしれないけど」
「でもまぁ、噂になってるんだったら、そろそろ潮時かな」
うん、波瑠ちゃんが教えてくれて助かった。少しでも気取られ始めたら、潔く身を引くのが鉄則だ。引き際を見誤っては大怪我をするからね。
しかし――
「……思ってたより早く噂になっちゃったなぁ……もうしばらくはバレずにいけると思ったんだけど」
「いや、私からすれば一日目でバレなかったのが不思議なんだけれどね?」
「こうなったら、どうしようかな……さすがに、法を犯すわけにはいかないからなぁ」
「それぐらいの常識を持っていてくれて安心したわ」
「あとはもう遠くから見守るしかないか……あ、平野さんのネクタイは青系が多いんだよ! たぶん種類はそんなに多くないっていうか、あんまりこだわってないみたい。ここ一週間で三種類しか確認できなかったから。腕時計は『G-W-A-T』の五年前くらいのモデルだったんだ~でもすごく綺麗だから、物持ちが良いんだね。大切にしてるみたい。それでね、歩き出す時は絶対に右足から出るんだよ。それで、歩幅がほぼ均等なの。右足から出た時の方がほんの少しだけ一歩が大きいんだけどね、でもほとんど大差ないわけ。プロっぽいよね~」
心の底から呆れた波瑠ちゃんの顔は私の網膜に映らなかったし、当然、「……ストーカー……」という呟きも、聞こえなかった。
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