美山美玲はただのモブ? 〜この恋心はステルスできません〜
井ノ下功
第1章
お近づきになりたい! 1
私立御ノ道学園。
言わずと知れた、小中高一貫の超有名セレブ学校だ。
なぜかそこに凡人の私、
今日から高校二年生が始まるけれど、この学校は三年間ずっとクラス替えが無いから、緊張することは何も無い。
しかも最初は出席番号順! これの何が良いかって、目の前の席に私の大親友・
「波瑠ちゃ~ん!」
駆け寄ると、波瑠ちゃんは本からゆったりと目を上げた。うん、相変わらず、切れ長でクールな瞳! めっちゃクールビューティ! 女の私でも惚れちゃう! 長い黒髪のキューティクルは一体全体どうやってキープしているんだろう! いつも気になってはいるけれど、聞いたところで無駄だから聞かない!
「おはよう、美玲」
波瑠ちゃんはにこりともせずに言った。これが彼女の平常運転。
「おはよう! 今年もよろしくね!」
「えぇ、よろしく」
私は波瑠ちゃんの後ろの席に着いた。波瑠ちゃんは本を閉じてこちらを向く。
あぁ、横座りになるとお御足が、お御足が! 長い! 細い! 綺麗!
「ねぇ、美玲?」
「あっ、はい! なんでしょうか波瑠様!」
「どうして敬語なのよ」
「やー、なんとなく……あ、ごめん。で、何?」
「今月の二十七日、空いてる?」
波瑠ちゃんは僅かに私を睨むような目つきをしていた。“イエス”以外の答えは許さない、って感じ。なんでだろう?
私は少しだけ疑問に思ったけれど、他ならぬ波瑠ちゃんの問いかけだ。素直に頷く。
「うん、空いてるよ」
すると波瑠ちゃんは満面の笑みを浮かべた。――前言撤回。やっばいなー、これ、頷いちゃいけないやつだったわ。時よ戻れ!
「良かった、じゃあ来てくれるわね」
「……ちょーっと待ってね波瑠ちゃん、忘れてたけど実はあの」
「女に二言は?」
「……ありません。すみません」
迫力に負けた……いや、勝てるわけないのは分かってたんだけど。
「えーっと……ちなみに、ですが、波瑠さん?」
「何?」
「私は、どちらにお供すればよろしいのでしょう?」
恐る恐る尋ねると、波瑠ちゃんはにっこりと笑った。私には分かる――波瑠ちゃん今めっちゃ殺気立ってる! 行きたくないところに行かなきゃならないんだ! だから私を巻き込んだんだ!
ということは、だ――大体、察しがついた。
波瑠ちゃんが私を積極的に巻き込むほど行くのを嫌がる場所、なんて――
「誕生日パーティよ――
「あぁ~……そうですよね~……」
これはアルカイックスマイル待ったなしだ。悟りでも開かないと受け止めきれない。
ちょうどその時、窓の向こうで黄色い大歓声が上がった。
「噂をすれば、ってやつね」
波瑠ちゃんが心底馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
ひょい、と窓から外を覗くと、案の定、
御ノ道竜宝。同学年、男。
お察しの通り、学園経営者御ノ道家、あり余る財力に任せて保育園から老人ホームまで手広く根深く経営している一大グループの御曹司である。
勉強は当然トップクラス。特定の部活には入っていないけれど、運動能力も高くて、運動系の大会では常に一位にいる。
性格については知らない。私のようなモブでは関われないし、そもそも関わりたくもない。
ルックスはまぁ、いわゆるイケメン。
王子と呼ぶにはやや爽やかさが足りないかなー腹黒さとか俺様感は十二分にあるんだけど――なんて、たとえ思っても口に出してはならない。そんなことをこの学園内で口に出そうものなら、三秒後には親衛隊(あれ? この呼び方ってもう古い?)によってタコ殴りにされること請け合いである。殴られたい人はぜひお試しあれ。命の保証は致しかねるが。
波瑠ちゃんは波瑠ちゃんで、国内シェアトップを誇る大手ビールメーカー『スクナ』の創業者一族、っていう凄いお家の娘なんだけど、本人はそれで注目されるのを非常に嫌っている。
「会社を継ぐのは兄だから、私がニコニコする必要は無いの」
――とは本人談。
竹を割ったようなすっきりとした性格の持ち主で、私としてはとっても付き合いやすい、大切な友達だ。
ほんと、波瑠ちゃんと苗字が近くてマジで良かった……。
私みたいな普通のサラリーマン家庭の娘がひょいって入り込むにはハードルが高すぎるんだよこの学園。周りはみんな金持ちばっかで、経済格差を思い知らされること思い知らされること。
入った直後は心労で死ぬかと思った。だってまず話が通じないんだもん。二言目には「それはどちらのブランドですの?」「お父様は何をやってらっしゃるの?」「オペラはお好きかしら? 私は先日、ウィーンまで観に行ったのですけれど」うんぬんかんぬん……。
ユニ○ロですけどなにかー?!
父はただの商社マンですけど何かー?!
オペラ? ケーキなら好きだけどね!! そういう話じゃないって知ってる!!
「……いや本当、マジで波瑠ちゃんと仲良くなれて良かったわー」
「なに、突然?」
「いや、入学したての頃をちょっと思い出してね……」
「あぁ」
波瑠ちゃんは納得したように小さく頷いた。それから、くすりと笑う。
「でも、美玲ならどうにかできたんじゃない? お得意のステルススキルで」
「六年間誰にも認識されないまま卒業、って?」
「可能性としては」
「……悲しいことに、大アリっす」
遠い目になるのを許してほしい。そして波瑠ちゃん、めっちゃ楽しそうに笑いますことね。確かに私の地味さは笑えるほどだけれど。
「美玲は本当に凄いと思うわ。去年の運動会のこと……」
「え、それまだ言います?」
「だって、あれはさすがに酷いと思ったもの」
と言いながら波瑠ちゃんは笑いをこらえきれないでいるのだ。酷いのはどっちだよ、もう!
「借り物競争、三位でゴールインしたのに、カウントされてなくって最下位になるなんて……」
「地味、を通り越して、もう幽霊レベルですよね……」
「それじゃあ存在すら危ういじゃない」
波瑠ちゃんはもう爆笑だ。どうしても私のこのステルススキルがツボらしい。
便宜上(というか少しでもカッコつけるために)“ステルススキル”なんて呼んでるけれど、別に特殊な能力を持っているわけじゃない。ただ私が地味過ぎて平凡過ぎて、みんなに認識されないというだけだ。
いじめの標的にすら選ばれない、究極の“普通”。
これまで十六年生きてきたけれど、その内“居たのに「居なかった」と誤認される率”なんと驚異の九十九%。担任の先生ですら私の存在を見落として、一度は遠足先に置いてきぼりにされたことすらある。これはもはや“特殊な能力”って言ってもいいのかもしれない。
最近はようやく折り合い(正確には“諦め”)が付いて、むしろ利用できるようになったんだけど……。
さすがに、あんまり笑われると、拗ねますよ?
そっぽを向いた先は窓の向こうだ。
私とは正反対の男が、レンガ造りの道を悠々と歩いている。
王子とか波瑠ちゃんとかは、私とは本当に正反対だ。何をしても目立ってしまう。ただ居るだけで注目されてしまう。私だったらそんな生活、絶対に堪えられない。
王子を光とするなら、私は影ですらない。いや、自虐じゃなくてね。本当に。
影武者なら影武者の役割があるでしょ。
でも私にはそんな役割すらない。存在するのに存在しないものとして扱われる、たとえば、ほら、そこに立ってお仕事をしているのに、誰にも注目されていない、王子のボディーガードさんみたいな――
――。
……。
「美玲? そんなに身を乗り出したら危ないわよ」
「――……あの人、誰?」
「は? ……王子でしょ。御ノ道竜宝」
「違う違う、王子じゃなくて。その隣のボディーガードの人」
「王子にはずっとついているじゃない」
「いや、いなかった。あの人は新顔だ。右側の人は去年もいたけど、左側の人は……間違いないよ。初めて見た。新しく雇われたんだ……」
「よく見てるわね。――で、それが、どうしたの?」
「……ちょーカッコイイ」
私の目は釘づけになっていた。カッコイイ。超カッコイイ! 何だあの人イケメンかよイケメンだよ! うわああああああすげーカッコイイ……!! 王子なんか足元にも及ばないね! 背が高くてキリッとしてて、目鼻立ちも正統派な感じで整っていらっしゃるし、細マッチョ! いやマッチョかどうかは分かんないけど、御ノ道家のボディーガードに選ばれるくらいなんだマッチョに決まってる! むしろ見た目から分からないってことは引き締まってていい筋肉が期待できる!
そして何より……黒髪短髪ーーーーーっっっ!!
「分かってらっしゃる……分かってらっしゃる……! あのうなじが素敵なんですよね……っはぁー!」
「え……気持ち悪……大丈夫?」
「大丈夫かだって? 大丈夫なわけがありますか! ちょーカッコイイじゃんめっちゃカッコイイ! ふぁー、もう、大好き! ……お近付きになりたい……!」
「……地味な人じゃない」
「
「ごめんよく見たらそんなことなかったわ」
「ですよねー!」
私は窓枠にかじりつくようにして、王子のボディーガードを見つめた。何度見てもカッコイイ。ずっと見ていたら目が潰れてしまいそうだ。なのにずっと見ていたい。あぁ、なんて矛盾か!
生まれてこの方一度たりとも感じたことのない情熱の炎が私の胸の中で荒れ狂っているのが分かる。名前を知りたい、誕生日を知りたい、話してみたい、すなわち彼とお近付きになりたい――私の存在を認識してほしい――そう、たとえ、どんな手を使ってでも!
「……馬を射んと欲すれば、まず将を射よ、か……」
「美玲、それ逆」
「ってことは、まずは王子に取り入らなきゃいけないってわけね……」
「聞きなさいな」
「よぉし、やってやろうじゃない! 上等だ! 美山美玲のステルススキル、見せてやる!」
「……駄目ね、これは……」
波瑠ちゃんの溜め息が私の鼓膜を揺らすことはなかった。
こうして、私の恋路フルマラソンの号砲は、華々しく鳴らされたのである。
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