第10話

 今度こそ俺は莉愛を──あの戦いに満ちた異界の地で俺の為に身を削り、俺の為にだけその命と魂を削って戦い続けてくれたナイトーリア・アルヌを、やっと辿り着いたこの平和な世界で幸せにしてみせるのだ。

「琢磨、また会えて良かった」

 莉愛が俺の元に娘として生まれ変わってきてくれたのは、俺のそんな願いが天に届いたからなのかも知れない。なんて、信じてもない神に感謝をしつつ、俺は大切な一人娘の莉愛を男手一つで大事に大事に育ててきた。

「ああ、俺もだぜ。莉愛……ッ」

 女に生まれてきたというのに、莉愛は前世とまるで変わりがない。俺や他の転生者と同じく、10歳になると前世の記憶がよみがえったが、その以前から性格や行動が莉愛そのものだった。


 つまり行動や思考が男らしすぎる。

 幼稚園児の頃から女の子にモテるスパダリ気質。

 女の子なのに、こんなで大丈夫だろうか??


「心配しないで。大丈夫だよ」

 そんな俺の心配をよそに、莉愛は女の子らしく育った。

 と言っても、それは身体だけの話で、心が全く追い付いていないのだが。まあ、幸いというか莉愛には、自分が女である自覚がない訳でもなかった。生来自分のことに無頓着であるがためだろう。密かに心配していた性同一性障害の兆候もない。

 ただ、少女らしいファッションやオシャレ、年頃にありがちな恋愛などに対して、小指の先も興味が無さげだった。

 こんなんで将来、好きな男に嫁いだり、家庭を作ったりできるだろうか??いや、今時それだけが女の幸せじゃないことは解っている。生涯、結婚せずに好きなことをし続ける幸福だってあるんだから、それは莉愛が自由に選べばいいと俺は思っているのだけれど。

 しかし、一方で、少女らしい恋をして、選んだ男と幸福に暮らして欲しいとも思っていて。でも反面、莉愛がそんな男を俺の前に連れて来たりしたら、『大事な娘を!!』と逆切れして半殺しにしかねねえなぁなんて、娘を持った男親独特の心理も有ったりなんかして。

「私、いつか彼氏を紹介して、琢磨を安心させてあげるから」

「あ………うん……そう、だな」


 ────複雑!!!!!!!!!!!!!!!!!


「お風呂湧いたよ、入ろ?」

「おう。そうだな」

 性に無頓着とか、無防備とか、色々心配の種は尽きねえが、莉愛は本当に女らしい成長を遂げた。精神の性的成長は未だ年齢に追い付いて来てはおらず、いいとこ小学校低学年といったところだが、小さな身体に見合わぬ豊かな乳房は女性フェロモン満載だ。

 もちろん、俺は男である前に莉愛の父親であるから、そんな見た目に惑わされたりはしないが、年頃の男共からすれば大層目の毒、というか良い目の保養だろうなぁと思う。

「イイか、莉愛!?お前のこと変な目で見る野郎が居たら、遠慮なしにぶっ飛ばしていーんだからな!?」

「大丈夫だよ。そんな奴、居ないって」

 今も莉愛と時々一緒に風呂に入っている俺だが、日々、育っていく莉愛のしなやかな肢体は、親馬鹿の贔屓目無しに男の目を引く一級品であると太鼓判を押している。

 健康的な白い肌は透明感に輝いてるし、触り心地もスベスベしていて柔かい。もちろんスタイルも抜群で、無駄な贅肉など欠片もなかった。さらに大きな目と、小さくて上品な口。可愛らしく整った顔も相まって、まさに完璧……や、性格はまあ、アレだが。

「な、なら…良いんだけど、よ……なんかあったらすぐ俺に言うんだぞ!?」

「うん。解ってるよ、琢磨」

「………………ッ」

 ロリ巨乳で性的に疎くて無頓着かつ無防備。だからこそ父親である俺は、普段、莉愛が他所の男に色目で見られてるんじゃねえか?と心配で心配で仕方がなくなるのだ。

 目を離すといつの間にか本人も気づかない内にラッキースケベでエッチなことされてそうで考えれば考えるほど不安でいっぱいだ!!莉愛は『平気だよ』と微笑っているが、ただ気付いてないだけの可能性が高え!!


 昔っから莉愛は、そういうことに鈍くて、傍から見ていてハラハラしたものだ。しかも高校へ入学して再会したという、ティド・クオンこと小旗貴由の少女『莉愛』を見る目は熱い。莉愛の姿を目で追う貴由の姿に、俺は何だか嫌な予感がした。


 そうしてそんな俺の嫌な予感は、間もなく的中することになったのだ。


「お…お久しぶりっす…団長」

 思い返せば前世の頃から、アイツが莉愛を見る目には特別なものがあった。もちろん莉愛にはまったく相手にされていなかったが、それなりに憎からず思われていたようで、あの莉愛が、アイツのことだけは何かと面倒見たり頼りにしたりしていた。

「最近莉愛が帰って来ねえ……」

 そんな貴由と再会して以来、毎週週末には俺の居る実家へ帰って来ていた莉愛が、ほとんど帰って来てくれなくなっていた。もちろん電話こそ毎日のようにしているが、莉愛は何かと理由をつけて帰って来ようとしない。

「あの野郎、まさか俺の莉愛に手出ししてるんじゃねえだろうな…!?」

 いつかそんな日が来るにしても、まだ莉愛は高校生になったばかりだ。色ボケした貴由の野郎が万一、無理矢理莉愛を犯して妊娠なんかさせたり……そんな現場をこの目にしようものなら、俺は。


 ──俺は自分を抑える自信がねーな。


 なんてことを日々悶々と考えたり、危惧したりしていたある日。

 俺は、たまたま近くへ寄ったからと莉愛の部屋へと立ち寄った。たまには俺の手料理を振舞ってやろうと、近所のスーパーでしこたま買いものして。

「莉愛ぁ~、来たぞ~~!!」

 あれもこれも作ってやろう。前世と同じく細い身体の割に大食いだから、莉愛はきっと喜んで全部食ってくれるだろう。俺の手料理に喜ぶ莉愛の姿を想像しつつ、スキップ気味に部屋へ入ってリビングへのドアを開けたら──

「…………………!!」

「………………ッ!!」

 そこに素っ裸でパンツに足を突っ込みかけてる間男────ならぬ、現世での莉愛の同級生、小旗貴由の姿を目の当たりにしたのである。


「あ……ええと………ッ」

「………………………」

 凝固したように動けずにいる貴由。嫌でも目に入る男の身体と一物。しっかり俺の視界に映った、パンツへツッコミかけた奴の股間は、緩く反応して勃起しかかっていた。

 ふーん…身体付きもまあまあだが、股間のモノもなかなかのサイズじゃねえか。なんて、我ながら寝惚けたことを考えつつ、俺は手にしたエコバッグを静かに下ろして、無言のまま莉愛の寝室へと向かった。

「……………」

 莉愛は寝室で眠っていた。近付いてシーツの下を確認すると、きちんと寝間着を着ている。念の為にと胸元のボタンをいくつか外して、肌を確かめてみるがらしき痕跡はない。

 よし、とりあえず保留。

 これがヌードで痕跡有なら、問答無用で死刑だったぞ貴由。

「貴由、てめえ、ここで何してた……」

 莉愛を起こさない様静かにリビングへ戻ると、すでに貴由は身支度を整え終わっていた。肝が冷えたのか股間も鎮まっている。よーし、まずはそこ座れ。と、俺は問い詰めモードで貴由をソファに座らせ、その正面に自らも座って彼の顔を真っ直ぐ見据えた。

「なな……ッ、何って、その、あの」

 ウロウロと彷徨う視線。咄嗟に出て来ない言い分。この様子から見ても、どうやら完全に潔白という訳ではなさそうだな。実に解り易くて助かるぜ。なら、コイツと莉愛はやっぱり、もう──!?

「……莉愛とヤったのか?」

「─────ッ、へ??」

 覚悟を決めて俺は核心に触れた。

「莉愛とセックスしたのかって聞いてんだ!」

「…………師団ち…琢磨さん!?」

 なるべく穏便にと自分を抑えつつもやはり、怒りが込み上げて来て声が抑えきれねえ。

「したんだな…………?」

「えっ、な………」

「莉愛にエッチなことしたんだな!?」

「えっ、は、はい――――――ッ!?」

 ハッキリしない貴由の返答にイラつきつつ、『オッパイに触ったか』とか、『裸同士で触れ合ったか』など、具体的な事例をあげて『したのかしてないのか』問い詰めると、貴由は目を白黒させつつ『いくつかの単語に覚えがあります』と答えた。

「……………そう、か」

 本当は解っているんだ。いくら今の莉愛がか弱い少女であっても、無理強いでエッチなことをしようものなら、相手の男はただでは済まないだろうことは。


 つまり、それは裏を返したら、何ごとも危害を加えられずに莉愛とエッチした男は、彼女にその行為を『赦されている』ということに他ならない。


 要するに、莉愛が自身の意志で、貴由に身を赦してるってことなのだ。


「莉愛のこと、愛してんのか」

「えっ、あ、はい」

「……………………そう、か」

 愛娘であるがゆえに、彼女の意志は尊重したい。いつかこんな日が来ても、俺は理解ある父親でありたいと、常々思っていた。思い込もうとしていた。何故なら、きっと莉愛が選んだ男であるなら、間違いなんかないだろうから、だ。


 が、しかし!!!!!!!!!!!!!!!!

 

「た~か~よ~し~ッ!!テメエ…俺の…俺の大事な一人娘に……俺の莉愛になんてことしやがるッッッッッッッッ!!!!」

「琢磨さ……ッ!?え!?ちょっ、待って!!違っ、ごご、誤解っす!!!!!!!!!!!!!!」

 無理矢理に抑え込もうとしていた反動だろう。どうしようもできない憤りに大声で叫んだ俺は、暴発すると同時に貴由の襟首に掴みかかってしまっていた。

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