第11話
「貴由、今日は寄ってく?」
「は…あ、いえ、今日もちょっと…」
「ふーん、そう」
平和な現世に記憶を持って生まれ変わり、過去生で憧れ続けた莉愛さんと再会できた奇跡。そして、可愛くて愛おしいJKの莉愛さんと、登下校を共に出来る幸運と幸福に恵まれた俺。
だが、そんな幸せの時間はいつも、あっという間に終わってしまう。
「じゃあ…また明日」
「ん」
本当は彼女からの有り難いお誘いに乗って、お部屋までお供したい。お世話したい。少しでも長く一緒に居たい。けど、駄目なのだ。許されないのだ。
何故なら俺には、まだそんな資格がないから。
まだ俺は、彼女の父である男に────否。
莉愛さん自身にも、認められていないから。
「良いか、貴由…例え莉愛が許しても、俺はまだお前を認めねえ」
「師団ち……琢磨、さん?」
険しい顔をした琢磨さんに、キッパリとそう断言されたのは、今から10日前──莉愛さんの部屋で素っ裸を晒していた場面を、彼女の父である琢磨さんに目撃された日のことだった。
「琢磨、貴由、うるさい」
「り、莉愛ッ、すすす…すまねえ!!」
「莉愛さんっ、すみませんっ!!!」
あの日、大事な娘を奪われた(穢された?)と勘違いした琢磨さんは、勢いで俺の首を絞めて抹殺しかかった。まあ、そんな誤解をさせた張本人たる俺が言うのもなんだけど、確かにあれは、娘を溺愛する父親として許せる絵面ではなかったと思う。
それにコレはまだ内緒のままだが、というか、一生秘密のままで隠し通したいことだけど。これまで俺と莉愛さんが何をしていたか──その、度の過ぎたスキンシップ、というか『お世話』の数々を知られたら……。
琢磨さんは怒りを通り越して、マジでぶっ倒れるかも知れねえ。
「たかよ~~~し、てんめえええーーー!!??」
なにはともあれ、完全に我を忘れてる琢磨さんの顔を見て、俺は『あ、コレは死んだ』とマジで覚悟したものだ。いや、ほんと。冗談抜きで。
だがそこに、騒ぎで起き出してきた莉愛さんが現れ、不機嫌な彼女から2人して叱られたため、琢磨さんは目前の目標を仕留め損ね、お陰で俺はなんとか命拾いすることとなったのだ。
「さっきは悪かったな…つい、カッとしちまってよ」
「あ……や、俺も、その、考えなしで悪かったっす…」
しかし、その後、成り行きのまま3人で食事を取り、表面的だけは仲良く彼女の部屋を後にすると、すぐに、琢磨さんは豹変して俺にぶっとい釘を刺してきたのである。しかも、
「貴由」
「は……はい」
まるで敵に対する時のような、容赦なくキツイ口調と表情で。
「莉愛はあんな性格で、無自覚で無頓着だが…それでもれっきとした嫁入り前の女だからよ?…悪いが、妙な噂が出ねえよう気をつけてやってくんねーか?」
「あ……はい。そ、そうっすよ、ね……すんません」
そうハッキリ指摘されて俺は、そんなことまるで考えてもいなかった自分に気付かされ、同時に、これまでの莉愛さんへ対する軽率な己の行動を恥じた。
そうだ。ここは、この世界は、前世で暮らしていた世界とは違う。
もちろん生まれ変わったこの世界の内にも、どこか
今、俺達が生活しているのは、高度に進化した文明社会だ。
少なくとも今の世界は社会的な仕組みや人々の心が、俺らの知る世界よりも成熟している。
ということは、だ。前はほとんど気にする余裕も、あまり必要もなかった人の目や、世間の評判、なんてものも、俺達は生きる上で気にしなきゃならなかったのだ。
──この世界で平凡な、平穏で静かな日常を過ごすため。
俺もそう──つい、うっかり失念していたけれど。
「……………ッ」
要するになにかとトラブルを呼びそうな『人の噂に立つ』行為は、なるたけ避ける配慮も必要ってことだ。
特に今の莉愛さんは女の子。しかも若くて可愛い。そんな未成年で1人暮らしの少女の部屋に、男が頻繁に出入りしたりすると良くない噂を広めかねない。
下手をすれば『アレはふしだらな少女』だ、などと、変な噂で彼女を傷付けてしまう。
俺はそんな大切なこと、浮かれて調子に乗って、全然、考えてもいなかった。
「すみません……俺…ッ!!」
「ああ、だからっつって遊びに来るな、とは言わねえ…ちょっと気を配ってくれりゃ、それでいいんだ……俺もキツイ言い方して、悪かった」
俺が素直に謝ってみせると、ばつの悪そうな顔で琢磨さんは少し口調を緩め、落ち込む俺にそう言って謝ってくれた。
俺なんかに謝る必要ないのに、俺が考え無しなのが悪かっただけ、なのに。
「……こんなこと、莉愛の前じゃ言えねえけどよ」
それからおもむろに駐車場へ停めてあった高級車へ乗り込むと、琢磨さんは照れくさそうに笑いながら、俺に真剣な表情で彼女への想いを語ってくれた。
「俺はあいつを…莉愛を、今度は、どんなことがあっても幸せにするんだ」
そう──ただ一言。たった、それだけの言葉だったけれど。
俺には彼がそれ以上多くを語る必要は感じなかった。
何故なら、囁いた瞬間の琢磨さんの和らいだ表情が、その慈しみの籠った優しい声と瞳が。彼の莉愛さんへ対する深い愛情をすべて語っていたからだ。
「……………ッ」
彼がどれだけ彼女を、莉愛さんを愛しているか、なにより大切に想っているか。どんなにか彼女を──過去生で若くして散った『彼』の生まれ変わりを、この現世で幸せにしたいと願っているか。
去っていく車を見送りながら、俺は拳を硬く握り締めた。
敵わない。と思った。
まだ俺は、あの人の足元にも及ばない、と。
もちろん莉愛さんを想う気持ちは俺にだってあるし、形は違えどその強さや深さでは琢磨さんにだって負けるつもりはなかった。
だけど、今の俺はまだ何もしていない。莉愛さんの気持ちを確かめるどころか、彼女に自分の想いを告げてすらいないのだ。
こんなんじゃ、俺はただ、莉愛さんが無防備なのを良いことに、数々の幸運(ラッキースケベ)に預かっているだけ。単なる最低最悪スケベ男だ。こんな恥ずべき状態で彼女に好かれようだなんて、高望みというか夢を見るにもほどがある。
「…………よし」
どん底まで落ち込んだ俺は、とにかく立場をはっきりさせようと告白を試みたのだが、いざ、莉愛さんを前にすると情けないことに怖気づいてしまって。
断られたらどうしよう。嫌われたら生きていけない。それに告白することによって今の関係が壊れるのも嫌だ。というか、そもそも彼女は、俺のことなんて異性とも思ってないのに、告白なんかして気味悪がられるんじゃなかろうか。等々。
そんな悶々とした不安が邪魔をして、気が付いたら10日も過ぎてしまっていた。
「今日も言えなかった……」
学校帰りに莉愛さんをマンション前まで送り届け、彼女の姿がエレベータに消えるのを確認してから家路へ向かう。
「はぁ~~~っ」
ここのところの自分の行動を思い出した俺は、思いきり深く溜息を吐いた──が、実はそこまでの行動も含めて、1週間は同じことを繰り返している。俺ときたら、ほんと、情けねえ。でも、それも仕方ないと思うのだ。
あの大きな目に見据えられると、考えに考え抜いた告白の言葉が1行も出て来ねえ。何故なら彼女の真っ直ぐ射抜くような視線は、俺の心の奥底まですべて見透かすようで、一目見た瞬間に魂まで魅入られてしまうからだ。
この瞳の前で嘘は赦されない。
ほんのひとかけらの逡巡や、迷い、躊躇いですらも。
そんな強迫観念にも似た感情が、俺の舌を凍りつかせてしまうのだ。
おかげでこの10日間、俺と莉愛さんの関係はギクシャクしたまま。いや、これも俺がそう思っているだけで、彼女は何とも感じていないかも知れないのだが。ううっ、自分で言っといて胸に突き刺さる現実!!辛え…!
「……莉愛さんは、俺のことどう思ってんだろうな…」
「ウザい。うるさい。でも便利。面倒見良い?」
「――――――えっ!?」
とぼとぼと家路へ向かっていた俺は、独り言のように思いを吐きだした。のに、それに対して明確な回答が、背後から秒速で帰ってきて宙を飛ぶほど仰天した。
「りっ、り、りりりり、莉愛さ…!?」
「気が小さい。んん…優しいって言うのかな?あと、表現が大袈裟。うるさい」
うるさいって2度も言われた!!!!!!!
些細なことにショックを受けつつ急いで背後を振り返ると、さっきマンションへ入っていったはずの莉愛さんが、俺の後ろにちょこんと立っていた。ううっ、可愛い!!そして、その手には、空と同じ色の開かれた傘。なんか、可愛い!!
「雨、降って来たから」
「え……あ、ホントだ。いつの間に…」
言われて俺は、ようやく気が付いた。小降りではあるけどシトシト落ちる雨で、そこそこ濡れてしまっている自分に。ううっ、つめてぇ!!遅ればせながら思い出した冷気に、俺はぶるりと身を震わせた。すると、
「馬鹿貴由。風邪引く」
「………あ」
そう言って莉愛さんは、俺へも手に持った傘をかけてくれる。うおお!!やった、相合傘だ!!やばい、なんかめっちゃ嬉しい!!…って、喜んでる場合か、俺!?
「あああっ、あのっ、今のは、そのっ、あの!!」
「ほら、部屋に来て。服、乾かさないと」
「あ……は、はい」
ほとんど無表情で抑揚の少ない平坦な喋り方だけど、莉愛さんが俺を心配してくれているのは解った。だから今度は変に固辞することなく、俺は小さな背中に従って来た道を戻り、10日ぶりとなる彼女の部屋を訪れたのである。
「渇くまで、これ着て。琢磨のだけど」
「あ……はい。すんません」
部屋へ入った俺はバスタオルを渡され、リビングで少しの間だけ放置された。しかしすぐにベッドルームから出てきた莉愛さんは、片手に持った上下の部屋着を俺に差し出し着替えを促してくる。
「……………」
そりゃそうだよな。父親だもの。たまに泊まりに来たりもするよな。
彼女と彼の関係を考えれば、置いてあってもぜんぜん不思議じゃないんだが、それでもやっぱり俺は、莉愛さんから琢磨さんの部屋着を渡されると胸の奥がちくんと傷んだ。
「サイズ大きい?」
「あ…いえ、大丈夫っす」
落ち着いた色合いの温かそうな部屋着を、手に持ったままジッと想いに耽っていると、『世話は終わったから後は自分で何とかして』とばかりに、早々とソファへ座り込んでいた莉愛さんが面倒臭げに問い掛けてきた。
「着替えたら制服は自分で乾燥機にかけて」
つれない!素っ気ない!!けど、ソコが良い!!
「あ、はい」
萌えに悶えかけた所で俺はハッと我に帰り、とりあえず借り物の服を身に着け、濡れた制服を乾燥機に入れてからリビングへ戻った。すると、ソファに座ったまま莉愛さんは、たいして面白くもなさそうな様子で、スマホのアプリゲームをプレイしていて。
「…それ、面白いっすか?」
「別に……面白くない」
つまらないなら止めればいいのに、負けるのが悔しくてムキになって、勝つまで何度も繰り返して挑戦している。そんな彼女を目にした俺は、つい、おかしくなって笑えてきてしまった。
「そういうとこ、ほんと変わってないっすね」
「……………は?」
ほんと、この人は変わっていない。
天然の天才で、負けず嫌い。強さを求める傾向は、転生しても相変わらずで。『記録に興味はないから』と、特にクラブ活動はしていないものの、体育祭ともなると小さな身体で放たれた矢のように走る。
そんな彼女の姿を俺は、純粋に『美しい』と思った。
「………貴由?」
「男でも、女でも、過去生でも、現世でも…莉愛さんは、莉愛さんだなって」
可愛らしい容姿をしてるけど、口数が少なくてクールなイメージ。なのに、実生活ではズボラで、面倒臭がり屋で──でも、とても友達思いで、心優しい人。
俺は、そういう莉愛さんを──そういう莉愛さんだからこそ。
「さっきから、なにを……」
「俺、莉愛さんのこと、好きです。愛してます」
「………………え?」
あっけないほど簡単に、熱い想いが口を突いて出た。
これまで10日間も必死に言おうとして言えなかった、莉愛さんへ対する心からの想い。
無い頭を駆使して考えに考え抜いた告白の台詞を、何時間も、何日もかけて練習した、あの苦悩と努力の日々は、一体なんだったのか!?と思えるほどに。とてもあっけなく、かつ、変に気負わない自然体な自分のままで。
「莉愛さんを、抱きたいっす」
とはいえ、やはり心臓は壊れそうなくらいバクバク鳴り響いていた。顔が熱い。身体が震える。目の前が揺れて、視界が不安定にぐらぐらした。
だけど、想いは、言葉は、この喉から溢れ続ける。もう、抑えきれない、止められない。俺は心を込めて語り続けた。前世の分も含めた、莉愛さんへの熱い気持ちを、全部。
「そんで、今度は俺がアンタを、莉愛さんを一生かけて守りたいし…琢磨さんに負けないくらい幸せにしたい」
「………………」
「莉愛さん……あの、俺じゃ…俺じゃ駄目っすか?」
「……………ッ」
「俺と…俺と結婚して下さい!莉愛さん!!」
極度の緊張から勢いが止まらず、気が付くと俺は、告白を通り越して一気に求婚まで口走っていた。ううっ、莉愛さん、何言われたか理解できてないのか、無表情のまま呆然としてる!!突き刺さる視線が痛い!!なんか憐れまれてる気がするし!!
だけどまあ良い。もともとそのつもりの覚悟なんだから!!と、俺は拳を握り締め力を奮い立たせ、ヘコタレそうな己を全力で励まし叱咤した。
「なに………」
すると、しばしの間をおいて莉愛さんが、可憐な小さい口を開いたのだけれど。
「何言ってんの、貴由とじゃ、おと………あっ!?、そ、か…」
「……………?」
「そうか、それは別に良いのか…じゃあ、あとは……え、と、んん……?」
最初『なに、馬鹿言ってんの』と言いたげな口調であったが、彼女は途中で何ごとかに気付くと、混乱した様子で真剣に思案し始めたのだ。いつもキッパリハッキリ考えを口にする莉愛さんにしては珍しいが、言葉の選択に困ってぶつ切りの独り言を呟いている。
「あの、莉愛さ……?」
「ちょっと黙ってて」
「は、はい…………!!」
この時の俺もかなりパニック状態だったから、彼女が何を言い掛けたのか解らなかったが、後になって考えてみると何となく察しがついた。
たぶん莉愛さんは『男同士だから』と言い掛けて、今の自分が女であることを思い出したのだろう。そして、その事実に現世で再会して以来初めて、俺のことを『異性』なのだと認識し、それまで自分が把握していた事実との相違で惑乱したのだ。
「…………………保留」
「………え?」
「この問題は保留。ちょっと考えること多過ぎ。考えるの疲れたから、保留」
「……あ、はい」
容量がパンクしたのだろうか。莉愛さんはそう言い切ると、TVを付けて見るともなしに見始めた。そんな彼女の姿を目にして、俺も脱力し全身から力を抜いて、いつものように同じソファへ座って、彼女の隣で頭に一切入って来ない画面を見つめる。
元々、莉愛さんは考えごとが苦手だ。天才の閃きと直感で生きてるし無理もない。つーか、やっぱこの人、俺のことを男扱いしてなかったんだな…いや、自分のこと、女だと思ってなかったというのが正解か。
などと、呆れつつ右隣に座った少女の姿を盗み見ると──
「…………?」
莉愛さんの様子が今までと違っていた。それは一瞬、気のせいだったか?と思えるほど、わずかな変化ではあったけれど。でも、うん。間違いない。確かに今までとは少し違っている。気のせいなんかじゃ、ない。
『………莉愛さん…ッ?』
これまで俺に対して全く無警戒で、危ういほど無防備だった莉愛さんが、細い身体に明らかな緊張を見せていたのだ。しかも、己のラフな部屋着姿を恥じらいでもしたのか、緩く止めているだけだった部屋着の胸元を、無意識に伸ばした手で隠そうとしている。
意識、してる。
莉愛さんが、『少女』として──『男』の俺、を。
そう思った瞬間、湯沸かし器が沸騰するみたいに俺は、頭の中が訳わからなくなってしまって。欲望への衝動が、彼女への恋慕が、土石流みたいに体内を駆け巡った。もう、まったく歯止めも、自制心も、効かないくらいの勢いで。
「莉愛さん………ッ!!」
「…………っ!?」
ついに暴走した俺は本能のまま莉愛さんへと襲い掛かり、彼女を強引にソファの上で押し倒したあげく、何か言い掛けた言葉ごと柔らかな唇にキスしてしまったのだった。
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