第7話
なんだか最近、莉愛の様子がおかしい。
「今週も帰ってこねえのか!?莉愛ァ!!」
『うん。ごめん』
この春、めでたく高校生になった俺の愛娘。美しく可愛く育った俺の自慢の娘莉愛は、前世の俺にとっても一番大切な存在だったナイトーリア・アルヌの生まれ変わりである。
この世界へ生まれ変わって今年で39年。
俺は俺の娘として生まれてきた莉愛の為に、これまでの16年間精一杯頑張ってきたつもりだ。彼女を幸せにしたい。何不自由なく暮らさせたい。それは前世の頃から、俺が莉愛に対して思っていた願いそのままだ。
10歳の頃、前世の記憶は俺の中で目覚め、今世の俺と自然な形で融合した。『夢』としてだけなら時々、過去生の記憶を見てはいたのだが、それが本当に自分のことであるとハッキリ自覚した訳だ。
後に再会した皆にも聞いたが、だいたいの転生組もそんな感じだったらしい。
そして20歳になった俺は、この世界で巡り会った女性と結婚し、3年後、彼女との間に1人娘をもうけた。残念ながら身体の弱かった妻は娘を産むと、若くしてこの世を去ってしまったが、俺は残された娘の為に出来ることは何でもやった。
何故なら、産まれてきた瞬間に解ったからだ。
愛しい娘を幸せにしたい、と思ったことももちろんあるけど。
産声をあげる我が子の顔を見た途端、この子はナイトーリアの生まれ変わりだ、と。
まだ顔もハッキリせず、記憶の顔とは似ても似つかないのに。
どうしてだか解らないけれど、俺の中でそんな予感がしたからだ。
「琢磨、また会えたね」
「ああ、莉愛、そうだな」
10歳の誕生日を迎えた頃、莉愛は前世の記憶を取り戻してそう言った。
それまで俺は『もし違っていたら』と考え、彼女に前世の話は一切しなかったし、再会した仲間らにもさせなかった。あくまで普通の女の子として。俺の可愛い1人娘として。俺は彼女をこよなく愛し慈しんできたのである。
莉愛の面影は育つにつれてハッキリしてきたが、それでも俺は彼女を『莉愛』としてしか扱わなかった。それは、もし彼女が本当にナイトーリアの生まれ変わりだったとしても、記憶が戻らないならその方が良いと考えていたからに他ならない。
まあ、名前だけは前世で俺がナイトーリアの愛称として使っていた名に、漢字の当て字をして与えてしまっていたが。
すくすくと育った愛娘の莉愛は、我が子ながら本当に可愛いと思う。
見た目はもはや前世の莉愛そのままだが、昔から可愛かった莉愛は女の子として転生したことで、可愛さの威力が百倍くらいアップしていると思う。世の男どもが皆、彼女の虜になっても当り前だ。いや、マジで。
大きな黒い目、小さくて上品な唇、艶やかな黒髪。白い肌は透けるようだし、華奢な体型と愛らしい身長、その割に胸はでっかく育ったし、スタイルはもちろん抜群だ。ちなみに肌には染みや痣の1つもない。
なんでそんなことまで細かく知ってるかって言ったら、そりゃもちろん、今も俺と莉愛はお風呂に一緒に入ってるからだ。ちなみに決して、おかしなことはしてねーし、そんな気もミリとしてねえからな??言っておくけど!!
とにもかくにも、自慢の娘である莉愛には、この先、色々おかしな虫も付いてくることだろうから、父として俺は毎日心配で心配で気が気ではなかったのだ。
そこへ来て、高校になった途端の1人暮らし宣言だ。
高校が今の家からだとちょっと遠い(って、中学ん時と1駅くらいしか違わねえだろ!!)から、朝起きるのが大変なので近くに部屋を借りて住みたい、と莉愛が突然言い始めたのだ。
俺は『なら家ごと引っ越す』と宣言したが、莉愛には『今の家気に入ってるから』と駄目出しされた。仕方なくセキュリティのしっかりしたマンションを借りて、莉愛を1人でそこへ住まわせることにしたのだが。
「もう2週間も会ってねーんだぞ、莉愛ァ!!」
『??…3日前一緒に外食したでしょ?』
「や、そうだけど!!それとこれとは別だって…!!」
高校へ通い始めてから半年も過ぎた頃から、莉愛はなかなか家に帰って来てくれなくなった。初めの頃は毎週毎週欠かさず、週末に実家へ帰ってきてくれて、俺と一緒にたのしい休日を過ごしてたのに!!
『ん。解った。じゃ、来週には帰るから』
「り………ッッ!!」
今や2週間、3週間立て続けに帰って来ないのが常態化してしまっていた。
粘りに粘った上に結局今週末の帰宅は断られ、ようやっと来週帰ってくるとの約束を貰いはしたものの、俺は莉愛の様子が明らかにおかしいと疑いを持ち始めていた。
「まさか…まさか、莉愛にこ…ここ……恋人ッッがっっっっ!?」
自分で言っておいて速攻『それはねえな』と、頭の中の俺が冷静なツッコミをくれる。まあ、そりゃそうだよな。あの莉愛に恋人だなんて、いくらなんでも勘ぐり過ぎだ。だって、そんな気配まるでねえし。
普通に考えたら割と有り得る話なのに、なんで俺が自信満々にそう思うかというと、前世の莉愛がまるで恋愛沙汰に無頓着及び無関心だったからだ。
ナイトーリアは今風に言うとイケメンで、不愛想で無関心な所はあったが、基本的に一途で優しい男だった。しかも強い。ひいき目なしで。国で1番の実力者というか、もはや伝説級。近隣国で奴の名前を知らない奴はいねえってくらいに強かった。
下級貴族の直系男児であったのに、捨てられて孤児となっていたナイトーリア。
俺と出会った頃は何故か、名前すら付けて貰えていなかった。
しかも孤児となってからはろくに食えておらず、手も足もガリガリに痩せ細っていた。たぶん、おそらくそのままだったら、いずれ死んでいたであろう小さな子供。
けれどあの日、俺を見上げた奴の目には、他を圧倒する強い光があったのだ。
実の両親に捨てられたナイトーリアは、大人という存在全般に対して人間不信で。初めは俺以外の誰にも懐かず、かつ誰も信じようとしなかった。そんな彼も次第に竜騎兵の仲間達には心を開き、確かな信頼を寄せるようになっていたのに──
「……………」
……くそ、話が逸れた。
俺は考えてもクソ胸が悪くなる記憶を閉じて、ナイトーリアの恋愛事情について思考を重ねる。
要するにそんな育ちのせいもあってか、ナイトーリアは恋愛感情に疎いというか鈍いというか。ひょっとするとそんな感情を持ち合わせていないのかも知れない、なんて、彼を知る誰もがマジに思うくらいだったのだ。
周りから見てもあからさまなくらいにアタックしてくる令嬢は数多くいたのに、ナイトーリアはそれが恋愛感情によるものだとまったく気付いてすらいなかった。
そのうえ、周りからそうと教えられても、顔色ひとつ変えず『興味ない』とバッサリ切り捨て。しかも冗談でなくマジで女の顔も名前も覚えていなかったのだ。
そんなナイトーリアの生まれ変わりであるから、莉愛に『恋愛』ほど無縁な言葉はない。と、俺は頭から思い込んでいたのだけれど──
でも、よくよく考えたら前世の彼と莉愛は別の人間だ。
生まれももちろん、育ち方だって違う。
親の愛を知らずに育ったナイトーリア。
けれど俺は今まで、親として莉愛にたっぷりの愛情を注いできた。
それはきっと莉愛の心へも届き、そこに愛という感情を育んでいるはず。
そう、だとしたら──
「ははは…俺の莉愛に限ってまさかそんな……」
その事実に気付いた俺はハッとしたが、それでも、心配性すぎる自分を『親馬鹿だ』と笑い飛ばそうとした。けれど──やはりモヤモヤと心の奥底に生じた黒雲のような不安は消しきれず、こっそり莉愛の様子を窺いに行くことにしたのだった。
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