第96話 富士越龍図―其ノ壱
この嘉永二年(一八四九)の正月、北斎は先に述べた「骸骨図」「扇面散図」のほか、「
愕くべきことは、これらを描いてもなお物足りなかったのか、さらに筆の勢いのままに「
いずれの絵も、画狂人北斎の意気たるものが
別して、「富士越龍図」は、霊峰富士の高みを越えようとする昇龍を描くことにより、
その龍図に筆を走らせながら、北斎が言う。
「お栄、オイラはまだ死なねェぜ」
「そうだよ。当ったり前じゃないか。憎まれっ子のお父っつあんが死ぬはずない。あと十年、二十年、いやさ三十年でも
「おうよ。そうよ、そうともよ。あと十年あれば、オイラは間違いなく
いかに年老いても、この世でやりたいこと、やり残したことがある者にとって、おのれの死は天の理不尽な裁断であり、閻魔の前に無理矢理
お栄は、絵絹の上に覆いかぶさるようにして、ひたすら龍図を描く父親の凄まじい
と、同時に、長屋の
そして、あらん限りの声で、こう叫ぶのだ。
「どうだ、どうだい。みんな、ご覧な。これは、うちのお父っつあんが描いた富士越しの龍だよ。龍が天下一の富士よりも、もっと高い
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