第91話 馬琴の亡魂―其ノ壱
炬燵の中で、いつものように腕枕をして北斎は寝入っている。だが、単に睡りこけているのではない。この画狂老人は、
北斎の夢の中で、色とりどりの扇が舞う。
ひい、ふう、みい、よ、いつ。数えて五本の扇が、はらはらと夢の中で舞う。
炬燵の温もりに
さらに、もう一本の扇に牡丹の花を描こうとしたとき、どこからか北斎を呼ぶ声がした。
「おいっ、鉄蔵……鉄蔵」
どこかで聞いたような声だ。
だが、北斎はそれを聞き捨てて、筆の先に朱を含ませ、扇面に牡丹の花びらを浮かびあがらせた。
再び、聞き覚えのある声が、無視された腹いせに
「やいっ、鉄蔵。その絵はなんだ。
「ええいっ、うるせえ。その粘ったような声は、オメエ、瑣吉だな」
思わずムカッとして、北斎が顔を上げると、果たせるかな、かつての喧嘩仲間である馬琴が、目の前にちょこんと正座しているではないか。
頬骨の突き出た仏頂面は相変わらずだが、顔がぞっとするほど
北斎が夢の中で問う。
「オメエ、やけに
「ふん。成仏なぞしてたまるか。第一、極楽なんかは俗臭
美少年録とは、馬琴が晩年に書いていた読本『
北斎が馬琴の愚痴を
「ほう、なんとも未練なこった。まァ、せいぜい
「ところが、冥界にはいい腕の挿絵描きがいねェんだ。そこで、お前さんをには一刻も早くこっちへ来てもらいたいと思っておるわけよ」
「けっ、そうはいくけえ。オイラが冥土へ行くのは、自分でも心底納得できる本物の絵を描いてからさね。それはそうと、冥土で
伝蔵とは、山東京伝のことである。
質屋の息子である京伝は、二十二歳となった天明二年(一七八二)に出板した黄表紙『
その三年後、蔦屋から
深川の裏店に侘しく暮らしていた馬琴が、この京伝に酒一樽を手土産にして入門を乞うたのは、寛政二年(一七九〇)のことであった。
いきなり現れた得体の知れない男に対して、京伝は言った。
「戯作なんざァ、テメエで書き方を覚えてゆくもので、別に習うほどのものじゃァ、ありやせんぜ」
京伝には山東
馬琴が畳に頭を擦りつけるほど頭を低くして食い下がる。
「そこを
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます