第82話 門弟高井鴻山―其ノ弐
柳亭種彦は、本名を
支配組頭から咎めを受けたこの頃、戯作者として人気絶頂の種彦は、長年住み暮らした
温厚で人当たりが柔らかい国貞の場合と同様、北斎とは性格の違いが
その種彦のやつれた姿が北斎の
二人は肩を並べて広縁に座し、贅を尽くした庭園を眺めながら、種彦の妻である勝子が
勝子は国学者加藤
種彦がしょんぼりした声を出す。
「実はの……この屋敷についても、きついお叱りを受けてのう。武士にあるまじき
「………」
「支配役から
種彦の撫で肩がいつもより細く見える。
ややあって、北斎が
「
「うむ。かたじけない」
種彦が弱々しくうなずいた。
「きつい風が吹きやんだら、また気張って新しい読み物を出しやしょう。馬琴と対抗できる作家は、江戸広しといえども
「……痛みいる」
そう応じた種彦の横顔が、月光を受けた刃のように青白い。
種彦が死んだのは、それからわずか半月後のことであった。
再度の吟味を受け、
憂悶と心労が重なった末に急死したのか、それとも覚悟の自刃なのか。種彦の愛弟子である
折しも江戸は苛酷な取り締まりで深刻な不景気となり、庶民の暮らしは困窮した。巷には物乞いがあふれ、行き倒れの死体があちこちに転がる始末であった。
無論、役者絵や美人画などの錦絵、合巻本の制作が禁じられた浮世絵師もまた飢渇の只中にあった。
それは北斎とて然りである。鳥や花、魚などを描いた『
そこに加えて、種彦の死である。
北斎は種彦の死に大きな衝撃を受け、思うように絵を描けぬ江戸を離れようと心に決めた。行く先は北信濃の小布施。そこには、北斎を師と仰ぐ高井
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