第78話 小布施十八屋―其ノ壱
「えっ、だれだろうね」
お栄はあわてて土間の下駄をつっかけ、表の油障子を開けた。
雪の湿気を
北斎は、木枠にぴんと張った
その筆にいささかの
筆を走らせる北斎の耳に、お栄とお
「これは、へえ、年賀のご挨拶代わりで。旦那さまがくれぐれもよろしくと」
「それは、まァ、ご丁寧に。いつもすみませんねえ」
ややあって、若い男がぺこっと腰を屈め、
「どうも失礼いたしやす。十八屋の番頭、忠兵衛にござります」
と名乗りつつ、土間に入ってきた。
十八屋とは、信州
この十八屋の当主である小山
北斎は、十八屋の番頭にちらりと一瞥をくれた。ただそれだけで愛想ひとつなく、口をへの字に結んで、すぐ絵絹の上に視線を戻した。
絵に専念する北斎を前にして、番頭は
そのとき、絵絹の上には灯籠を提げた骸骨の図が描き出されようとしていた。
北斎は筋骨の仕組みに詳しい。
というのも、北斎は馬琴と共に仕事をしていた四十代の末頃、千住の接骨家
番頭の忠兵衛は、肩に担いだ風呂敷包みを上がり
北斎は骸骨の図を描いている。接骨術を学んだ北斎の筆が、生き物のように動き、筆を含んだ穂先が跳ねる。
次の瞬間。
忠兵衛の顔から血の気が引いた。
なんと、北斎の屈めた背中に、一体の骸骨がのしかかるように取り
「うっ、うううっ」
忠兵衛は声にならない声をあげるや、土間から一目散に
「なんだい、あぶないじゃないか」
お栄が呆れたように、遠ざかるお店者のうしろ姿を見送った。
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