第50話 待乳山追憶―其ノ肆
忘八になり
「お栄さん。こっちへ来て、一杯やりなせえ」
つい半年前、自分の
善の字は、赤や緑の派手な振袖姿の
――なんでえ、あいつ、
わたいはわざと
すると、風来坊の英泉が走り寄ってきて、
「へへっ、あの
子供屋とは、深川界隈における女郎の置屋のことである。
「んなこと、わたいはひとつも訊いてないよ。近頃、
「ふふっ、これはまたご挨拶なことで」
遊治郎の酔眼が、一瞬、わたいの目をみつめた。
わたいの胸のうちを覘き込むような目線だ。
この野郎、十年早いよと思った次の瞬間、お女郎狂いがふっと片頬笑んで、軽い皮肉を飛ばしてきた。
「で、乙粋な
わたいは返答に窮した。
人を小馬鹿にしたような言い
「いや、ひと仕事片付いたもんで、気散じに川向こうの
「おっ、そいつはご信心なことで。じゃあ旅は道連れ。わっちもお供いたしやす」
これじゃ、
「またなァ。わっちはこれから、
お役者英泉の芝居じた
「善さまァ、また今宵にもお出でなんし」
「お気をつけて、行かれなんし」
振袖から真っ白い腕をのぞかせて、手をふる白首たちの中に、英泉好みの吊り眼の女が一人、さびしげに頬笑んでいる。
そのとき――。
「ちょいと急ぎやしょう」
英泉がわたいの手を取った。ええいっ、こうなりゃ仕方がない。ちょいと嘘をついたばかりに、お役者英泉と待乳山聖天まで道行きだ。
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