第45話 夜鷹図の女―其ノ漆

 北斎は勝川派を破門され、食うや食わずの貧乏暮らしをしていた。そうした日々の中でも、諸派諸流の画法を貪欲に吸収し、刻苦こっく研鑚を重ねてきたのは、いつの日か世に出たい、江戸随一の絵師になりたいという一念からであった。

 まさにここが正念場と張り切る北斎に、お辰がをかける。

「時ちゃん、いまが勝負どきだよ。極無上ごくむじょうの美人画を描いて、いままで時ちゃんに冷や飯を食わせてきた世間のやつらを魂消たまげさせてやるのさ」

 気性の烈しい反面、こまやかな情をあわせ持つお辰の鼓舞と支えにより、二代目俵屋宗理たる北斎は、まっすぐ美人画の道を突き進み、ついに「宗理型美人」という美の一典型を生み出す。

 宗理型の美人画は、柳腰のすらりとした姿態、撫で肩の楚々とした風情、品のよい瓜実顔を特徴とし、歌麿や豊国の美人画とは一線を画するものであった。

 北斎のつややかな美人画は、その清新さで脚光を浴び、市中の絵草紙屋で飛ぶようにけた。

 この頃の最高傑作「夜鷹図の女」が、お辰の姿を写し取ったものであることは言うまでもない。

 お辰は自分を正写しょううつしにした様々な美人画が発市うりだされるたびに、それら摺物すりものを手にして喜んだ。

 北斎はやっと世に躍り出た。

 お辰と所帯を持つために、手狭な横網町の棟割長屋を出て、浅草第六天だいろくてんの脇町で借家となっていた仕舞屋しもたやへと移った。小体こていな造りとはいえ、お辰に堅気かたぎの小間物屋を営ませるには十分な広さであった。

 続き間のある屋内を見渡して、お辰は「うれしいよ。時ちゃん」と、滅法界、倖せそうに顔をほころばせた。松坂町の親戚(幕府御用鏡師かがみし中島なかじま家)に預けてある三人の子らも引き取って、ここで一緒に暮らそう、あたしがちゃんと育ててみせると言ってくれた。

 しかし、好事魔多し。無常の風は時をえらばず、だれの身にも不倖は突然襲ってくるものだ。北斎の場合もまた然りであった。

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