第34話 山谷堀有情―其ノ肆
お富司は若い女中に香の物の内容まで、テキパキと言いつけた。
「あーい」
いささか気の利かなそうな
「それから、先生に
お栄が「お師匠さん」「先生」と呼ばれるのには
この藤屋の一人娘お
お喜代はお栄が目をみはるほど素質がよく、めきめきと腕を上げていたが、今年の春先に風邪をこじらせて短い花の命を散らしていた。
人の世は一寸先は闇である。
この世に生まれてきたからには、だれしも無傷では済まされない。いずれどこぞで痛い目に遭うのは浮世の定めとはいえ、不倖つづきのお富司の胸のうちは察するに余りある。
お栄はお富司の辛そうな顔を見るに忍びず、しばらく藤屋から足が遠のいていたのであるが、今日は伝えたいことがあった。
お富司はお栄の前に湯呑を差し出しながら言った。
「よくおいで下さいましたこと。最後にお会いしたのは、たしか……
「ええ、本当にここんところご無沙汰をいたしまして……」
お栄は櫛巻きの頭を下げ、
「……実はお喜代さんの一周忌をひかえ、
「ええっ、そうなんですか」
お富司が切れ長の目をみはる。
「はい。お喜代さんは
「お
「さっきも申しましたが、これは絵師としての、ささやかな手向けの花でございますよ。いずれ仕上がりましたら、お気遣いなく受け取ってくださいな」
「おかたじけなことで……」
お富司が言葉を詰まらせ、
「それにしても胡弓って楽器は、音色にお人柄が出るもんなんですね。お喜代さんの弾く胡弓は、音が
お富司の長い
「あら、
目頭を押さえた指に
お富司は、下駄の音とともに小走りで
そのうしろ姿が何やら
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