第19話 阿檀地の呪文―其ノ伍
「先生、どこぞへお出掛けですかえ」
大根を洗う手を休めて、畳職人
あの女の名は、たしかお里と言ったか。時折。
お里の甲高い声に、北斎は「ちょっくら蕎麦だ」と言い残し、芝居小屋の建ち並ぶ
山川町は狸長屋の裏手にある町で、俗に
一棟の棟割長屋の前を通ったとき、強烈な異臭が鼻をついた。どこぞの空き
「ったく、
蛇骨長屋は、ここからほど近い浅草広小路に面した
薄暗く、湿っぽい山川町の路地を抜けると、船宿や
北斎はそこから日本堤の土手に上がった。
日本堤の上がり
ちなみに浄閑寺の過去帳によれば、死んで投込まれた遊女の平均年齢は二十三歳にも満たず、墓地には二万数千人の骨が眠っているという。
季節柄、切り株だらけの吉原
目当ては、吉原
この頃の北斎について、戯作者
仙果の驚きようが目に浮かぶではないか。
北斎は世間の交わりというものが苦手であった。この男にとって、道でバッタリ顔見知りの者と出くわし、長々と時候の挨拶や世間話をされることは苦痛以外の何ものでもない。
そうした難儀を振り払うためにも、北斎はこの呪文を唱えながら歩く。つまり、「陀羅尼を無心に唱えていて、何も耳に入らぬ。目に入らぬ」といった
老絵師は歩く。左手に不二権現の浅草富士。
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