第13話 北斎の回想-其ノ伍
狐の絵でゴタゴタはあったものの、翌年の文化五年(一八〇八)正月、読本の三七全伝は刊行され、大当たりをとった。
こうなると、二匹目の
その結果、北斎と馬琴は三七全伝の続編『
事の起こりは、馬琴が登場人物の一人に
これを聞いた北斎は、「気に入らねえ」とばかりに顔をしかめた。
「わるいけど、そんな絵、真っ平御免だね。いくら
馬琴がすかさず
「なに言ってやがる。咄嗟に汚ねえ草履をくわえるからこそ、必死の場面が浮かびあがるってェ寸法さね。えっ、そうだろ、そうじゃねェか」
「
「おやっ、北斎さまときたね。
当時、読本などの挿絵は、戯作者の指示に従うのが習わしとなっていた。
しかし、自尊の念の強い北斎が、人の風下に立てようか。まして、馬琴は北斎より七つ年下なのである。
馬琴の高飛車な言い分に、北斎は
「おきゃあがれ。絵師を低く見やがって。
その北斎の剣幕に、一瞬たじろいだ馬琴のそばを北斎がすり抜け、土間口へと
北斎が草鞋を馬琴の前に投げて言い放った。
「馬琴先生。泥のついた汚ねェ草鞋を口にくわえられますかってんだ。そんなに大層な御託を並べるなら、それを口にしてくんな。さあ、ここでくわえてみなせえ」
「鉄蔵!」
思わず片膝を立てた馬琴が、北斎の本名を呼び、くやしまぎれに吐き捨てた。
「もう金輪際、オメエとは組みたくねえ。顔を見るのも御免こうむる」
「てやんでえ。あきれ
北斎は「あれからもう四十年だ。たしかに、だれが死んでも不思議じゃァねえ歳月だ」と胸のうちでつぶやいた。
だが、あの戯作の鬼が、読本書きの亡者が、果たして往生できようか。
北斎の脳裡に、あたり一面
夢うつつのはざまで、北斎は馬琴に「瑣吉」と声をかけた。
驚いたように振り向いた馬琴の口には、泥まみれの
「お父っつぁん。絵を描き終えたところで、もう一杯、龍眼酒を《の》服むかえ」
お栄の言葉に、つと北斎はわれに返って、筆を
「それにしても、今日はどこに行ってたんだい。もう親父殿も
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