第12話 北斎の回想-其ノ肆
北斎は「狐狸図」に卍老人筆と
「ほう。なんで鎮魂の絵って、思うんだ」
「ずいぶん前に言ってたじゃないか。狐の絵で馬琴さんと喧嘩したことがあるってさ。そうだろ?」
「下らねえことを、よく覚えてやがる」
「ほらね。お父っつぁんは、あんときの喧嘩を思い出したのさ。で、馬琴さんを偲んでってわけだ」
「ふんっ」
それは、いまから四十年も前の文化四年(一八〇七)のことであった。馬琴の史伝読本『
そこで
木蘭堂が見込んだとおり、文章、挿絵とも目をみはるほど素晴らしく、申し分ない出足となった。
「こりゃあ、売れる」
と、平吉と市兵衛はホクホク顔で喜んだ。
ところが、この物語の山場ともいうべき場面にきて、北斎と馬琴はまたもや角を突き合わせた。
原因は、北斎が話の筋の中に出てこない野狐の絵を書き添えたことによるものであった。
馬琴は野狐の絵の削除を板元の市兵衛に訴えた。
「
市兵衛から馬琴の言い分を聞いて、北斎も黙ってはいない。いまいましげな口調でまくしたてた。
「ふん、あのこんこんちきの石頭め。たしかに狐を一匹描きはしたが、だからこそ情死の
二人とも言いだしたら後に引かない。半歩でも引いてしまえば、一敗地にまみれ、相手の風下に立ってしまうような気がしたのである。
「狐は要らない。消しとくれ」
「わからず屋の
まだ
このときは、世慣れた板元の須原屋市兵衛がなんとか丸く収め、結局、北斎の狐は生き残ったものの、気位の高い者同士のいがみ合いがこれで終わるわけがなかった。
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