第9話 北斎の追想-其ノ壱
お栄が火事場から
絵を描くのも炬燵の中、寝るのも炬燵の中という父親のために、お栄は朝夕、
「ううっ、
お栄は長火鉢の
「おやっ、風邪を引いたんじゃないのかえ。ったく、こんなに寒い日にどこをほっつき歩いてたのさ。酔狂なこった」
北斎が寝返りをしながら言い返す。
「ふん。オメエだって、この寒風の中、酔狂にもまたどこかの火事場とやらだ。人のことは言えねえぜ」
お栄は「へっ」と唇を歪め、炬燵に寝そべる北斎の鼻先に
「いつもの
龍眼酒とは、北斎が考案した漢方酒で、南国で採れる龍眼という木の実を、焼酎と
北斎はこれを長寿薬と称し、朝晩二杯ずつ服んでいたというが、
「そうだ。すっかり忘れていたよ。これが滝澤家からの飛脚便だよ。ご覧な」
お栄は、馬琴の訃を報せる手紙を北斎の前に置いた。
龍眼酒を舐めるようにチビチビやりながら、北斎が書状に見入る。
「こりゃあ、
「おみちさんの字だよ。馬琴さんの字を手本に
みちとは滝澤家の嫁である。漢字では路と書く。
文政十一年(一八二七)、馬琴の一人息子
一方、みちの
この頃、馬琴
物語の結末までの筋は、すべて頭の中にあるのに、まるきり目が見えない。一両一分で
「やんぬるかな」
馬琴は
某日、一汁三菜の粗末な
「みち、
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