こたつの中の雪景色

オレンジの金平糖

こたつの中の雪景色

 十二月も後半にさしかかったこの日、幼稚園から帰宅した亮介は、しばらくぶりに姿を見せたこたつにはしゃいでいた。

 前回こたつを片付ける事になった時には、こたつに張り付いて離れず、最終的には「はやく、もいいつかい、あえますよおに。」と七夕の時の余りの短冊に書いて貼り付けたほどだ。それを覚えていた亮介は「ぼくがかいたやつのおかげだよ! もどってきてるよ!」と母親に興奮した様子で言った。


「先に手を洗って! こたつだって手が汚い子を嫌がるよ!」


 母親の注意を聞いているのかいないのか、亮介は「うんわかってるー」と返事をしながらこたつへまっしぐらに向かった。幼稚園の帽子と鞄を放り投げて頭からこたつへ潜り込む。


「ちょっと亮介!」


 母親の静止を無視した亮介は、こたつの中に足まですっぽりと入り込んだ。







 こたつの中は一面の雪景色だった。ストーブも机の足もない。


「うわぁ! りょうすけくんだ!」


 亮介が顔を出したのは雪で出来たかまくらの入り口だ。近くにいた雪うさぎが近寄り、飛び跳ねて亮介を歓迎した。


「みんなー! りょうすけくんがきてくれたよ」


 雪うさぎは遠くへいる仲間にも聞こえるように叫んだ。亮介もつられるように大声で叫ぶ。


「あそびにきたよー!」


 そばの草むらからたくさんの雪うさぎたちが顔をのぞかせた。


「きてくれたの?」

「きてくれたんだね!」

「きてくれたー!」

「りょうすけくんだ!」

「りょうすけくんだね!」

「ほんものだね!」


 雪うさぎたちは亮介の周りをぴょこぴょこと跳ねながら口々に言う。雪うさぎたちは去年からずっと亮介がもう一度遊びに来てくれるのを待っていたのだ。


「りょうすけくんおおきくなったね」

「ほんとうだ。おおきくなったね」

「ほんとだ、おおきくなってる!」


 雪うさぎは亮介が大きくなっていることが不思議なようだ。葉でできた耳を揺らして興味津々といった様子で亮介のことを見ている。


「みんなはあんまりかわんないね」


 亮介はしゃがんで雪うさぎたちと目を合わせた。


「ほかのみんなはどこにいるの?」


 雪うさぎたちは「こっちだよー」「こっちこっち!」と先導した。

 たどり着いたのは森の中の少し開けたところだ。亮介は前の訪問でもここに来たことがあった。


「りょうすけくんがきてくれてるよ!」


 雪うさぎは広場の真ん中で呼びかけた。木々の裏からたくさんの動物や雪だるまが出てくる。ここにいる動物たちは、皆雪から生まれている。真っ白な動物たちが亮介のことを囲んだ。


「やあ、久しぶりだね」

「元気にしてた?」

「あいたかったよ」


 森の広場には、野イチゴのようなものがたくさん生えている。白銀の世界に、緑の葉や赤い実が彩りを加えていた。動物たちは歓迎の印に亮介にお気に入りの葉や実を渡した。


 亮介と雪の動物たちはたくさん遊んだ。

 だるまさんがころんだをした。雪だるまが転がっていってしまってみんな大慌てで追いかけた。そのまま鬼ごっこになった。雪シカは足が速かったけれど、雪ネズミのすばしっこさには敵わなかった。


 亮介は雪合戦をやりたいと思ったが、雪の動物たちの体が壊れてしまうからやろうとは言わなかった。

 去年、雪ネコの体に木から大量の雪が落ちてきて、雪ネコが崩れてしまった。その衝撃は忘れることができない。ここに住んでいる動物たちは、いつものことだと言っていた。亮介は首を傾げることしかできなかった。悲しくはないのだろうか?


 走り回っていると、空から雪がちらちらと降ってきた。わたのような柔らかな雪は亮介たちが踏み固めたところを多い、綺麗な雪景色を復元していく。

 雪リスが亮介の肩に登ってきて言った。


「りょうすけくん、そろそろ遊ぶのは終わりにしよう」

「どうして? ぼく、もっとみんなとあそびたいよ!」


 いつの間にか遠くの方まで走って行っていた動物たちも亮介の近くに戻ってきていた。


「もうあそばないの?」


 雪グマが降ってきた雪を手に乗せて、亮介に雪の結晶を見せた。


「溶けてしまった雪も、こうして空から戻ってくるんだよ。ほら——」


 雪グマが目をやった先では、もぞもぞと地面に積もった雪の一部が盛り上がってた。その上に葉っぱが二枚、クルクルと円を描きながら落ちてきた。


「やあ、亮介くんじゃないか。ずいぶんと久しぶりだ」


 雪の塊が身を震わせて余計な雪を飛ばすと、猫の姿になる。亮介が去年出会っていた雪ネコに違いなかった。


「しんじゃったのかとおもってた!」

「それはひどいね。僕たちは空と地面を行ったり来たりしているだけさ」


 亮介は「ふーん」と空を見上げた。雪が顔に触れ、溶ける。



「——さい……うた……りょうた、出てきなさい!」



 母親の声が聞こえた。雪雲の隙間からわずかに日の光がさしている。雪がきらきらと輝いた。


「ぼく、かえらなきゃいけないみたい」

「また遊びに来てね!」

「まってるよー」

「またあそぼうね」

「ぼくたちもりょうたくんのところにあそびにいくね!」


 動物たちに見送られて亮太はかまくらに入っていった。




 亮太がこたつから顔を出した。こたつの中に入っていたのに亮太の手や頬は赤く冷たい。

「手も洗わずにこたつに入らないの! こたつで寝たら風邪ひいて死んじゃうよ」

 亮太は目の前で怒り、心配している母親に言った。

「しなないんだよ。おそらにいって、かえってくるの」




 この日、亮介の住む地域に雪が降った。積もった雪で、亮介はたくさんの動物を作る。ポケットから葉や実を出して耳や目をつけた。

「もういっかい、あえますよーに」

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

こたつの中の雪景色 オレンジの金平糖 @orange-konpeito

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ