赤いきつねは冷えている。
かなたろー
王様はブランチに赤いきつねを食す。
無職の朝は遅い。だから妻が仕事を始める頃に起きる。
妻のパートは一時からだ。つまり私は昼過ぎまで怠惰をむさぼっているわけである。いいご身分だ。
そんないいご身分な、私の朝食というか昼食というか王様のブランチは赤いきつねだ。
しかしあつあつではない。
「ぬるっ」って感じだ。いやむしろ冷えている。はっきり言って冷えてきってしまう寸前だ。なぜなら私の朝食は麺類が一番という、妻が食べた赤いきつねの残りモノだからだ。
私の朝食は、妻の残り物の冷え切ってしまう寸前の赤いきつねだ。
まるで夫婦の関係のよう?
いやいや、そんなことはない。確かに色々とごぶさただけれども、私と妻は子供を通じて愛し合っている。
私と妻には子供がいる。
名前はハッサク。犬種はフレンチブルドッグ。8歳。メス。
男らしい名前だ。
私は、その男らしい名前の愛娘を抱きながら、愛犬家がやっている、一見厳しい口調でその実「ぬるっ」とした目線のワイドショーを見ながら、その冷え切る寸前の赤いきつねを食す。
辛党の妻は赤いきつねにこれでもかと一味をふりかけているのだけれども、その「ぬるっ」とした冷え切る寸前の赤いきつねは、一味の辛味をほどよく抑えてそれほど辛いものが得意ではない私にとって絶妙な塩梅となる。そして、普段のわたしにとっては甘すぎると感じてしまうおあげさんを、絶妙な甘辛味へとかえてくえる。
程よく甘いお汁が、これでもかとおあげさんにお染み込んでいるのも、いい仕事をしてくれているのだろう。
とにかく美味い。はっきり言ってご馳走である。
わたしは、ご馳走を食べ切って「ぬるっ」としたワイドショーを観終わると、ご飯をといで、一軒家の掃除をする。
私はその瞬間だけ無職から解放される。
洗濯はあいにくできない。洗濯機をまわすのと干すのは、辛うじてできるのだが、あいにく畳む仕事は無職になってから早々に首を宣告された。
私は、束の間の仕事を終えると、炊飯ジャーのスイッチを押して、男らしい名前の愛娘と散歩にでかける。
そして家に帰ると、再びほんのちょっとだけ無職から解放される。炊けたご飯をかき混ぜて、味噌汁をつくる。具材はとうふと、おあげさん。
大豆と大豆だ。男らしい。
朝には、「ぬるっ」とした甘くて辛いおあげさんを食べて、夜には普通にあつあつの大豆の滋味にまみれたおあげさんを食べる。
王様の食卓とは、なんて豊かなのだろう。
「ただいまー」
王妃のご帰宅だ。私は、興奮でクルクルと回る男らしい名前の王女と一緒に、玄関に出迎えをする。そして王妃が職場で購入してきた食材を受け取る。ケースに入った赤いきつねだ。
私が、赤いきつねを段ボールから出してキッチンの下にある食料棚に詰め込んでいると、男らしい名前の王女が目を輝かせている。
私は段ボールを放り投げた。
すると男らしい名前の王女はご機嫌でダンボールにじゃれついて、男らしく噛みちぎって、小さく、コンパクトにしてくれる。
私がその段ボールを片付けているあいだに、王妃は晩御飯をたべる。ご飯と味噌汁。それからお漬物のシンプルな夕食だ。
私が晩御飯を食べるのはもっと後だ。
私は、王妃が酒のアテにつくったつまみと一緒に晩御飯を食べる。当然、おあげさんの入った味噌汁は、温め直してあつあつだ。
さすがは王様だ。いいご身分だ。
このコロナ禍のなか無職となった私は、この王様の様な「ぬるっ」とした生活を随分と続けていたのだけれども、さすがにそろそろ平民にもどらなければならない。
働かなければならない。
世の中はそんなに甘くない。世知辛い世の中でなのである。
赤いきつねは冷えている。 かなたろー @kanataro_
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます