第24話 ワカマツタケル

タケルは自分に何が起きているのかを完全には理解していなかった。

ただ、普通では無くなったと言うことだけは何となく理解していた。

自分の体がもはや人間のそれではなく、背中からは翅が、腹からは硬い脚のようなものがたくさんはえているように感じていたからだ。

それはまるで昆虫のようだと、そう思っていた。

しかしそれと同時に元の人間の手足も残っている事にも気がついていた。

ふと、カッコ悪い…そう思った。

せめてカブトムシだったらな…。

そんなことを考えていた。


どれくらいの時間が経った頃だろうか。

気がつくと、自分を覆っていた何かパリパリしたものが破れそうな気配を感じた。

はっきりとでは無かったが、そのパリパリしたものの外から光と音を感じるようになっていた。

水槽の中から、外の世界を覗いているような、ぼんやりした音と光がタケルを覆っているようなそんな感覚になっていた。

そして次第に、人の気配を感じるようになって来た。

二人いる。

外に知らないおじさんと泣いている女の人だ。

外からしきりに声をかけてくる。

でも、耳の中に水でも入っているような感じがして何を言っているのかよく分からなかった。

だけど…。

この感じは知っている。

……ママだ。

もう1人のおじさんは誰だかわからないが、泣いている女の人は間違いなくママだ。

まだ目は開かなかったが、それだけはしっかりわかっていた。


「マ…マ…?」


上手く鳴らない喉を無理やり震わせる。

タケルは必死に声を出していた。

必死に、ママを呼んでいた。

なぜだか分からないが、呼ばないといけない気がした。


ママも明るい声で何かを喋っている。

…ように感じる。

でも、何故だろう?

どんどん声が聞き取れなくなっていくみたいだった。

それだけではない。

頭もぼんやりしていくみたいだった。


アレ…?

…何ガ、起コッテルンダロウ…?

ヨク、ワカラナク…ナッテ…キ…タ…ヨ……。

ボ……ク………ハ…ド……ウ……シ……チャ………ッタ………ン………ダ……ロ………ウ………?


そうしているうちに、タケルの意識は暗く深い海の底へと沈んでいくように、闇の彼方に消え去って行くのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る