第23話 羽化

俺はシノハラ巡査部長にもらったゴーグルやマスクがこんなにも早く役に立つとは思っていなかった。

アカギの行動から察するに、あの液体を粘膜に書けることで変異が起こる可能性が高いと俺は思った。

ただ、少しだけかかった右手の甲の異変にこの時の俺は気が付いていなかった。

無線で言われた「赤い状態の時は効果を発揮するが、時間がたって緑色になると効果が無くなる。」と言う言葉の意味も何となくだが分かった気がした。

アカギが持っていた液体は上の半分ほどが緑色に変色していた。

恐らくあれがすべて緑色になってしまえば変異は起こらなくなるということだろう。

何とかアカギからあのリュックを回収したい。

そうすれば、事件解決に向けて大きな一歩を踏み出すことができるはずだ。

そう、思った。

逃げるアカギを追いかけて2階へ向かおうとしたその時だった。

サナギになっていたタケル君が動くのを感じた。

俺は、恐る恐る近づくと、声をかけてみた。

「タケル君、聞こえるかい?タケル君?」

サナギのタケル君は聞こえていると言わんばかりに激しく揺れ始めた。

これは、羽化がはじまったとみて間違いない。

照明に使われているライトで中のシルエットがうっすらと見えてきた。

タケル君らしい人のシルエットが見えた。

頭や手、足も見える。

完全に蝶になったわけではないらしい。

どんなグロい状態で出てくるか心配だったので、少しだけホッとした。

パキパキパキと言う音を立てて、サナギに亀裂が入った。

薄緑色の羽が中から姿を見せた。

やはり蝶になっている部分もあるのか…。

俺は覚悟を決めた。

どんな姿であろうと、タケル君を見捨てない、と。

徐々にその割れ目からタケル君が姿を見せ始めた。

背中が出てきて、頭が出てきた。

今のところ羽以外の変化はない。

胴体が出てきて、手足が出てきた。

来ていたであろう服はどろどろになって溶け落ちていった。

その時、俺は目を疑った。

胴体から蝶と思しき外骨格に覆われた足が6本生えているのが見えたからだ。

人間の体に蝶の翅と蝶の足を持った姿に変異を遂げたタケル君と思われる子供が姿を現したのだ。

しぼんでいた翅は徐々に広がりだすと、色が薄緑色から真っ黒へと変化していった。

手足は、胎児のように丸まっている。

再び俺は声をかけてみた。

「タケル君?大丈夫かい?」

タケル君は目を閉じたまま、「マ…マ…?」とつぶやいた。

俺は覚悟を決めると、事務所で待っているタケル君のママを連れてくることにした。

タケル君のママには既に、あのサナギがタケル君の変異した姿であることを話していたので、タケル君のママは、急いで飛び出してきた。

「タケル?ママよ!聞こえる?」

母は強しとはよく言ったもので、姿が変わった我が子を既に受け入れていた。

「マ…マ…。」

「そうよ、ママよ。タケル、よく無事で…。」

タケル君のママはそう言いながらタケル君をそっと抱きしめるのだった。

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