第8話 都バス車中

ヤマグチサエはシブヤ車庫前で降りて行った男のことがまだ気になっていた。

シブヤ駅前からタマチ駅前に向かうバスはいつものように満席だった。

今日はどうしても座りたくて1本バスを見送ったくらいだった。

サエを先頭に次々と乗客が乗り込んでくる車内で何故かその男が視界から離せなかった。

違和感としか言いようのないモヤモヤした気持ちになる男だった。

恰好は黒の上下のジャージにこれまた黒の薄手のウインドブレーカー。

やたらとカチャカチャ音のする鼠色のリュックの中身が気になったのも理由かもしれない。

まだ空席が目立つのに吊革を握って立っている姿もとても不気味に映った。

一番後部座席に座ったので視界に入ってもしょうがないのだが、その男から目を逸らすと何か悪いことが起こりそうで不安になった。

ピリつくような空気の中、発車した車内は誰も声を出さなかった。

サエ以外にもその空気が伝わっていたのかもしれない。

とにかく、その男が下りるまでその状態が続いた。

今はいつも通りの喧騒が車中を覆っているが、あの男が何かするつもりなのではないかという胸騒ぎは今もサエの中で消えていなかった。

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