法学バトルで勝負が決まる学園に編入してしまった私がこの先生きのこるために

アダチガハラ

第0話 朝食はコンメンタールとともに

 私は末広厳子(すえひろいずこ)。ちょっと奥手な?高校2年生だったはずなのだが、ちょっとした手違いから一風変わった学園に編入してしまった!


 私が編入した聖ユスティティア学園は、全寮制の女子校だ。世界中から留学生を抱える巨大な学園都市を形成している。学園都市ですべてが賄われ、卒業するまでは外界と隔絶される特殊な環境にある。さらにここでは、他では見られない特別なルールが存在していた。

 今日も寮から、高等部がある丘の上へと登校する。馴れない私には、この坂が地味にキツイ。


「あ、イズコさん!おはようございます。」


 声をかけてきたのは、隣のクラスの美濃部達姫(みのべたつき)さんだ。品行方正、才色兼備の美濃部さんは、穏やかな性格で慕われるクラスの委員長。すこし融通が効かないところがあるのが珠に傷だが。


「おはよう、美濃部さん!」

「達姫でいいわ。」

「じゃあ、達姫さん。」

「ええ、今日も一日、お勉強、頑張りましょうね!」


 達姫さんと学園の門をくぐると、生徒たちが今日も元気そうに思い思いの活動をしていた。一人の生徒が、私にぶつかってくる。


「あっ、ごめんなさい」

「・・・あーら、薄汚い敗北主義者の臭いがすると思ったら、編入生の、ミス、なんだったかしら。なんでもいいわ。みなクズのゴミの社会の敵でしてよ!おーっほっほっほっほっほ!」


 学園の校門で、高飛車で不遜なお嬢様といった風の女が私に罵声を浴びせてきた。彼女の名前はローラ・フライスラー、2年生。とても口が悪くて、すぐに喧嘩をふっかけたがる私が苦手な奴。風紀粛清委員を務める彼女は、機嫌が悪いときはすぐに誰かに絡む癖があるみたい。


「めんどくさいことに、かまってる暇ないんだけど?」

「まーあ!高貴なる血のわたくしが、わざわざ声をかけてやっているっていうのに、なんですのその態度は!」

「そういうところだよ、めんどくさいのは。」

「・・・ほーう、生意気ですわね。今なら、泣いて赦しを乞えばその無礼を不問にしてあげてもよくてよ?」


 周りの生徒たちがどよめき立つ。あの編入生、運が無いわね。なんて不謹慎なことを言ってる子もいる。はあ、私はただ目立たず、平穏に過ごしたいだけなんだけどなあ。でも不正義なことは許しちゃダメだ。


「悪いことをしたのなら謝る。でも、ぶつかってきたのはキミだ。そうだろう?」

「もーう、我慢なりませんわ・・・かくなるうえは・・・」



<<<法廷は法を知っている(イウラ・ノヴィト・キュリア)>>>


ローラが高らかに宣言すると、学園の庭に、法廷が出現した。


そう。生徒同士が喧嘩や決闘を行う場合、それは法廷内で行わなければならない。それがこの学園のルール。学園内で生徒が「法廷は法を知っている(イウラ・ノヴィト・キュリア)」と宣言すると、そこに法廷が出現するのだ。ここで勝つことで、学園でのカーストが上昇する。逆に負けるとカーストを下げることになってしまう。最低ランクまで落ちた場合、あるのは『死』だ。

ローラ・フライスラーは、この学園法廷を活用し、自らのランクを上げるために、何人もの生徒の命を奪ってきたという。このシステムによって、命を落とした場合、学園は関知しないという悪魔のシステムである!


「さあ、開廷!ですわ!!!たのしい時間になりますわね!」


 ローラのペースに引きずられ、私と美濃部さんは、このいびつなルールの中に引きずり込まれてしまった。法廷ではひとりでにハンマーの音が鳴り響く。周りの生徒たちは、傍聴席から、見世物でもみるかのように見守っている。


「わたくしに無礼を働いたものは、我が法廷の装甲師団が蹂躙してあげてよ!人民法廷(フォルクス・ゲリヒツホフ)!」


 ローラの声に応答するように、法廷には赤と黒の幕が垂れ下がり、威圧的な雰囲気に変貌した。


「イズコさん、まずいわ。相手のペースに引き込まれてる・・・!」

「達姫さん、どうしよう、巻き込んじゃった!ごめん!」

「私はべつにいいわ、とりあえず、致命的なダメージをもらわないようにして、この場をしのいで、納めましょう。」


 私たちは、金切り声のようにやかましく吠えるローラに向かい合い、彼女の怒りの法廷を受け流すことにした。


「さあ、始めましょォォォォ!!!断罪と闘争の法廷を!」


 ローラはニヤリと笑うと、魔導書のように法典を乱雑に開き、私たちを指さした。


「私への侮辱は反逆罪!!反逆罪の被告人はァ!死刑!この学園の平和を守るためには死刑!死刑!!シケイイイイイイ!!!!」


「ダメだ、あいつ、話が通じないから、どうやって受け流せばいいの!?」

「イズコさんは、民法(シヴィル)属性だったわよね、仕方ないわ・・・。あの子は刑法(ペナル)属性だから、相性が悪いわ。公法(パブリック)属性の私に任せて。」


 私たちには、それぞれ得意な法力が宿っている。民法(シヴィル)、公法(パブリック)、刑法(ペナル)の基本3属性に加え、いくつかの特殊法力がある。学園内ではこれら法力を鍛えて、これを駆使して学園法廷を生き抜くことになる。残念ながら、ローラは私とは分が悪いようだ。ここは、達姫さんにまかせることにする。

 達姫さんは静かな物腰で、六法を開いた。


「返す言葉もないんですの?貧民はだらしがないですわねぇ。はやく死んで、わたくしの肥やしになりなさい?」

「・・・ローラさん、一ついいかしら?あなた、この学園の平和を守るためにと言ったわよね。どこがどう乱されているというのかしら。」

「ハァァァァ???わたくしの心が、乱されたといってンのよ!」

「もうひとつ聞くわね。この学園が法人だとするのであれば、代表となる機関が存在するわね。その機関はあなたなの?」

「そうよ、権力とはわたくし!!権力は分立されることなく、わたくしの手の内にある!!わたくしがお前らを不快と思ったから不快!これにて死刑ィィィィィィ!」


 ローラは爆発寸前というようにゆがめた顔で怒りはじめた。一方で達姫さんは冷静沈着そのものだ。


「違うわ。もし仮に、あなたがその権力の代表機関であるならば、あなた自身もルールに従わねばならない。ルールに縛られるこの学園の中においては、あらかじめ決められたルールの中でしか、動けない。もし代表機関ではないというのであれば、あなたの法廷は権利の濫用。権利濫用(シカーネ)は無効よ!」

「アァァァン?負け犬の言葉なんて、聞こえなくてよ?わたくし、罪を認めるヤーか、反省しないナインしか聞こえなくてよ?」


 ローラは吠えるが、学園法廷は、達姫さんの言葉に応じるように、その色を変えつつあった。赤と黒の毒々しい独裁法廷は、枯れた草木のように剥がれていき、白く凛とした、大理石の法廷がその顔を出しつつあった。その色は冷静で、ローラのそれとは対照的であった。


「国家一般原理(アルゲマイネ・シュターツレーレ):国家法人説(ユリシュティシェ・シュターツペルゾン)!機関はルールにしばれなければならない。そして法廷は、あなた個人のものではありません。」

「あああああ!!?わたくしの人民法廷が・・!?崩壊していく・・・」


 学園法廷は、達姫さんに味方をしていた。達姫さんの号令により、彼女の六法から眩い光がほとばしり、法廷を駆け巡った。その光の直撃を受けたローラは、脳天から雷撃を貫かれ、みすぼらしいぼろぼろな姿となっていき、ちょうど崩れた瓦礫に埋もれてせきこんだ。


「こ、こんなこと、許されてたまるもんですか。わたくしの法廷は、完璧かつ最強!!」


 ローラは、気がふれたかのように取り乱し、大声を上げた。


「白薔薇の虐殺(ゲシュラハテット・ヴァイセローズ)・・・!制定法など知ったことか!わたくしが法!わたくしに歯向かうものはすべて執行人(ライヒハート)の刃によって死ね!!」


 法廷は、彼女の横暴にもはや答えることは無かった。その代わり、傍聴席の生徒が声を上げた。


「もう、やめたまえ、フライスラー。それはもはや法廷論争ではない。ただの暴力だ、勝負はあった。」

「あなたたちはァ!!!」

「3年生、ルイーズ・ブランダイスだ。」

「同じく、ロベルタ・H・ジャクソン。」

「た、たしか資本主義に毒された豚どもですわね!黙ってみてなさい。」


 ローラは二人の3年生にもくってかかろうとする。ロベルタがぼそりと呟いた。


「君は“人道に対する罪”で戦いたいのか?そこには、君たちを守る『法の不遡及』も、なんなら慈悲すらないぞ。」

「ぴぇ・・・」

「大人しく、負けを認めたまえ。」


 ローラがおとなしくなったのを見て、長身銀髪の女が不機嫌ぎみに傍聴席から去っていった。彼女は3年生のアンドレア・ヴィシンスカヤ。去り際に、意味深なセリフを吐き捨てていった。


「フライスラーめ、どんな手段を使ってでも、最初に暴力で自白させてしまえばよいものを。調子に乗るから足元を掬われる。それでは証拠の女王は微笑まない。」


<<<閉廷(アジャーンド)!!!!!>>>

 

 法廷の中で、どこからともなく声が響く。


<<<ローラ・フライスラー。学園法廷の敗北によりFクラスへ降格とする>>


「あ・・・あ・・・わたくしの地位が・・・名誉が・・・」


 うなだれるローラを尻目に、私たちは抱き合った。ローラは風紀粛清委員の地位をはく奪され、ぼろきれみたいな恰好のままFクラスへと逃げていった。


「達姫さん!私、何もできなくてごめんなさい・・・。」

「いいえ、私だったらその場で謝ってたかも。そしたら、他の生徒が被害にあってたかもしれないわ。あなたの勇気があったから、私も法廷に立てたのよ。かっこよかったわ!」

「そんなことないよ!ありがとう!!」

「えへへ・・・って、いけない、始業に遅れるわ!!!」


 私たちの生活はこんな感じで毎日大変だけれど、達姫さんのおかげでなんとかなったし、今日一日はなんとか乗り切れるかな。私としては、なるべく静かに生きていきたいんだけど、ね・・・。


****


「美濃部達姫。あの子が、まさか”イェリネックの法力”を使いこなすとは・・・。侮れないわね。」

「ああ、注意しておいたほうがよさそうだね。」

「それに、一緒にいたあの子、末広厳子だったかしら。こんな時期に編入生だなんておかしいと思ってたけど、あの子、何かありそうね、パウラ。」

「ああ、そうだね、ホヅミ。」


****


 この時の私は、なにか恐ろしい悪意・・あ、この悪意っていうのは「事実を知っていた」って意味の悪意じゃなくて、文字どおり悪い策略って意味ね・・・に巻き込まれつつあるってことに、まだ「善意」、つまり知らなかったのだった・・・!

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法学バトルで勝負が決まる学園に編入してしまった私がこの先生きのこるために アダチガハラ @adcghr

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