名前

 彼は自分の名前が女の子みたいで嫌いだと、初めて会った日に言っていた。でも私は何回も呼んだ。名前を呼ぶことで距離が縮まると私は思っていたから。彼はたまに呼んでくれた。

 身体を重ねるほどまで行くには早かったかもしれない。出会って一ヶ月。その間何度か一緒に1時間程度話す関係が続いていた。

 初めて彼を私のアパートに入れた。私はとても緊張していて、静かな空間に耐えきれずテレビをつけた。ベッドに腰掛け、彼も隣に座った。人一人分開けて。心臓の音が聞こえるのではないかと思うぐらい私はドキドキしていた。部屋に上げるということは何かあってもいいということだと思っている。覚悟した上だった。呼吸の音すら聞こえるのではないかと思い、浅い呼吸を繰り返し、余計息苦しかった。いつの間に私はこんなに苦しくなるまで彼に惹かれていたのだろうか。

 私は男性経験が少ない方ではないし、逆に数えることを諦めるぐらい遊んできた。そんな私が思ったのは、彼は絶対いい人だと思った。いい人の定義とは何なのか、どんな人なのかわからないが、私はなぜか安心していたのだ。彼は大丈夫、そう感じた。そして、初めてこんなにドキドキするのに、苦しいのに、落ち着くのはどうしてだろうかと思い、そんな事があるのかと、驚いた。

 私達は初めてのキスをした。ぎこちないキス。

 「付き合ってない人とこんなこと、、、」

 「ごめん」そう言って彼は離れた。

 でも一緒に居たかった。多分彼も同じ気持ちだったと思いたい。そして、私達はただ一緒に同じ布団で眠った。彼の腕に抱かれて、彼の柔軟剤のいい匂いのする服の胸元に顔をうずめて眠った。

 手も繋いだ。仕事で皮膚が固くなった手をずっと触っていた。

 「どうしたの」

 「なんか触っちゃう。仕事で?」

 「そう」

 皮膚は硬く、カサカサで、ゴツゴツした、仕事している男の手が、彼の手が好きだった。そんな彼の腕が私を抱きしめるのも。


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