第56話 王都の友人

 リンダは、懐から地図を取り出し、その上に、注意深く胸ポケットから取り出した誰かの髪の毛をかざした。


「――あの、それは?」

 シェラが尋ねると、

「ああ、訪問する相手の髪の毛だ」

 シェラは目を丸くした。

 俺も、驚いて首をギギギと動かした。


「ああ、あまりしつこいんで、人払いの魔法を使うために、奴の髪を何本か引っこ抜いたんだ」

「いまでも、その魔法効いてるんじゃ……」

「いや、弱い魔法だから、とっくに解けてるだろう。いま、やってるのは、目当ての人間に近づくための魔法だ。この髪の毛に、いま魔法をかけた。この地図には、もとから魔法がかけてあってな。目当ての人間のいる大体の場所がわかる。――まあ、家を突き止めても、家のどこにいるかまでは、わからんが……」


 俺とシェラは、リンダの持つ髪の毛の指さす方向に、警戒しながらついていった。


 広い、白っぽい土で固められた道から、建物の間の狭い路地に入った。

 広い道では、使役用ゴーレムを連れた商人や貴族、荷車を引いた奴隷の首輪をつけた獣人などが、絶え間なく行き交っていたが、薄暗い路地は、人影がなく、路地沿いの建物の門の前を通り過ぎると、番犬代わりの大きな口を開けた小型のゴーレムが、キュイキュイと耳障りな音を発した。

 あの、キーンという音波といい、この国のゴーレムは、音を扱う魔法と組み合わせるのが、一般的なのかもしれない。


 リンダが路地の突き当りにある、馬車一台が通れそうな、両開きの漆黒の門の前で立ち止まった。

「――ここだ」


 リンダは門の右扉の中央にある、盛り上がって半分むき出しの眼球のようにもみえる、大きな瞳に向かって、話しかけた。

「シェスタの魔法兵、ゴーレム班のリンダだ。久しぶりに、貴殿と旧交を暖めたく思い、やってきた。――元気でいましたか?」


 返事は、返ってこなかった。

 が、眼の前の漆黒の扉が、静かに開いた。

 扉の向こうには、曲がりくねった砂利の敷かれた道があり、歩くたびに細かい石のこすれあう音がした。


 王宮勤めというだけあって、資産家らしい。

 道の先には、細かい意匠のほどこされた3階建ての屋敷があった。

 屋敷の前に、恰幅のよい、眼に視力矯正の魔法具をつけた、満面に笑みを浮かべた男が待っていた。


 男は、リンダに駆けよった。

「リンダ殿、久しぶりです!」

 男は、リンダの右手を握ると、感極まったように、リンダをみつめ、そのまま、じっとしている。


 さすがに、顔を赤らめたリンダが、

「お久しぶりです。手を……」

 男は、あわてて、リンダの手を離した。

 男の案内で、屋敷の2階にある、広々とした、たぶん貴族の応接のための部屋へ通された。


 シェラとリンダはソファーに座り、俺はその背後に立った。

 シェラは隣に座ったらといったが、リンダが、この国の慣習では、ゴーレムは立ったまま過ごすことになっていると、止めた。シェラは不満そうだったが、ゴーレムである俺は、少しも疲れないので、まったく気にならなかった。


 ほどなくして、この屋敷の給仕役らしいゴーレムが、大きな盆に、飲み物と菓子類を載せて現われた。

 シェラは、腹が減っていたのか、ニコニコしながら、おいしいといって、饅頭のような菓子に、かぶりついている。痩せすぎなのだから、こういう物は、どんどん食べた方がよい。


 室内用と室外用があるのか、さっきより小型の視力用魔法具をつけ、室内着に着替えた男が、リンダたちの前に座った。

 やはり、というか、またリンダの方をみつめている。  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る