第53話 国境を超える

 俺は、身体を傾けて、水たまりにうつった自分の姿を確認した。

 下半身はズボンを履いているので、上半身だけだが、赤い楕円形のデフォルメされた眼が、胸から背中に三十個ぐらい描かれている。


 確かに悪趣味だった。みていると、デザインの眼の玉が、ぎょろっと動いて、こちらをにらみつけているような気がした。

 赤で描かれていることもあって、血走った眼を連想させ、気味が悪かった。


「気味悪さを、感じるんだが?」

 ランガが、このデザインを嫌っていたのが、わかる気がした。

「そうね。ミール人以外は、ほとんどの人が気味が悪いっていうわね」

 リンダは、肩をすくめた。

「ミールの伝承で、初代国王が全身に眼を持った賢者に助けられて、国を造ったというのがあるのよ。だから、ミール人にとっては、当たり前のデザインらしいわ。……それより、何か持ってゆくもの、ある?」


 俺は、少ししかなかったが、シェラは、食料や着替え、ミール硬貨、ミール紙幣など、複数のバッグに、はちきれそうになるほど、一杯つめこんでいた。

 リンダは、荷物に手のひらを向ける。地面に置かれた荷物の頭上に、魔法陣が現われた。魔法陣は、ゆっくりと下降し、荷物を、すべて飲み込んだあと、ふっと消えた。


「あっ――」

 シェラが、あわてて荷物のあった場所に駆け込み、辺りをみまわしている。

「収納庫に入れたわ。いつでも取り出せるから、安心して」

「すごい! 収納魔法を魔道具なしで使えるなんて」

「ビエラ師匠は、もっとすごかったのよ。家一軒を、あっという間に収納したのをみたことがあるわ」


 俺は、開いた口がふさがらなかった。リンダもビエラも、とんでもない魔法を使う!

 あの、俺が住んでいたビエラの家も、あの魔物の出現する山奥で、どうやって建設したのか不思議だったが、魔法で運んできたのかもしれない。


「――さあ、行きましょう」

 俺たちは、休んでいた旅行者用の宿泊所を出て、シエタ王国とミール王国の国境まで来た。


 シエタからミールに通じる街道の、ちょうど国境となっているところで、シエタとミール――両方の国の騎士たちが、もとの世界でいえば、バリケードのような物を築いて、道をふさいでいる。


 犯罪者などが国境を越えないように、通行する者をそこで止め、身分証明書をチェックしているのだ。

 俺たちを従えたリンダは、ゆっくりと騎士たちの検問所に近づいた。

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