第52話 救出準備
シェラたちとの話が終わると、シェラの姉――イリーナは、リンダに顔を向けた。
こわばった表情をして、しぼりだすような声で、話しかけた。
「……あなたに頼みたいことがあるの」
リンダは、怪訝な顔をした。コウヘイたちとの話し合いの前に、ミール国へ向かうのに必要な細かいことは、充分に話し合っている。
何か、追加の準備物があるのだろうか?
「もし、ミールからの脱出の際に、あの娘と父上たちと、どちらかを選ばなければならなくなったなら、あの娘を連れて帰ってほしいの」
リンダは、眉を寄せた。天井に顔を向け、また戻して、イリーナをみた。
「本当に、それでいいのですか?」
イリーナは、黙ってうなずいた。
リンダは、大きく息を吐くと、
「わかりました。彼女は嫌がるでしょうが、無理にでも連れ帰ります」
イリーナは、リンダの肩に手を置き、頼みますとつぶやき、頭を下げた。
*
シエタとミール王国との国境地帯で、俺とシェラは、リンダと落ち合った。
リンダは、ミールに入ってから必要になるさまざまな物品を持ってきていた。
「これで、模様を描くから、じっとして」
リンダは、背負っていた袋から、筆とこの世界の絵の具が入っているらしい長方形の箱を取り出した。
箱のなかには、大きなパレットのような、薄い木製の板があった。さまざまな色の絵の具が、木製パレットの複数ある、丸いへこみのなかに、あふれんばかりに入れられている。
「ミールに潜りこむためだから。ちょっと我慢して……」
直立不動で立っている俺の腹や背中、ひざなどに、絵の具を浸み込ませた筆が、流れるように動いて、ミール・デザインを書き込む。
ミールのデザインは、人の眼をモチーフにしたものが多い。遠くからみると、水玉模様のようにみえたものが、近づくと、模様の丸のなかに瞳が描かれている。
そういえば、ミール側についたランガのゴーレムには、頭部に眼の模様がひとつあったが、それ以外の箇所には、ミール・デザインは、ほどこされていなかった。 リンダにそのことをいうと、ランガはミール・デザインの眼を、気味が悪いといって嫌っていたそうだ。にもかかわらず、いまは、ミールと手を組んでいる。権力を得るためなら、それぐらい何でもないのだろう。
あいつに会ったら、今度は容赦はしない。あのまま、シェラを連れ去られていたらと思うと、ゾッとした。伝え聞くミールの差別主義者たちに、何をされたか、わかったもんじゃない。想像するだけでも、ゴーレム(俺)の全身が震えた。
「終わったわ……動くから、模様の眼がゆがんでしまったけど」
リンダは、手に着いた絵の具の汚れを、丁寧に拭き落とすと、魔法で水たまりを作った。
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