第37話 シェラの婚姻

 シェラは、母親である王妃に顔を向けた。

 震える声で問いかけた。

「本当ですか?」

 王妃は、蒼白な顔でうなずいた。

「本当よ。陛下が、モエラ城に送り込んでいた密偵からも、同じ情報が伝わってきているの。……処罰するために、調べていたところだったの」


 シェラは、何度も首をふった。

 ――国を守るべき正規兵が、そんなことをするなんて……。

 シェラは手を握り締め、それでも何かをいおうとした。

 が、辺境伯にさえぎられた。

「王女殿下、あなたには、国のためにやってもらいたいことがある。……妃殿下から、話を聴いてください」


 辺境伯は、じろりとシェラをにらむと、隣に立っていたリンダにも声をかけた。

「ゴーレムの調子はどうだ?」

「問題ありません。ビエラのゴーレム体も復元できました」

「期待しているぞ。王女殿下のこともな」

 辺境伯は出て行った。扉を締めた後、連れてきた部下に、ドアの前で見張りに立つよう指示する声が聞こえた。


「母上! わたしのやらなければならない事とは、何なのですか?」

 王妃は、眉をよせ、娘の顔をじっとみた。進んで話したくはないようだった。

「母上!」

 王妃は、大きなため息をついたあと、口を開いた。

「陛下も、わたしも、賛成ではなかったから。……あなたには、話していなかったんだけど」 


 シェラは、曇りのない瞳を、まっすぐ王妃に向けて待った。

「西のミール王国から、あなたと向こうの皇太子との婚約の話が来てるの」

「そんな話、初めて聞きます」

 シェラは、大きな声をあげ、眼を見開いている。

「ミール国王から親書が届いていて……北の国々からの侵略に対抗するためにも、あなたと皇太子との婚儀により、両国の関係を、より強固にしたい……そういう内容だった」


 王妃は、大きくため息をつく。

「陛下もわたしも、北の脅威を、さほど深刻には捕らえていなかったの。北の方は、土地がやせていて作物が乏しく、たくさんの小国が、常に争っていて、こちらまで攻め込んでくる余裕はないと思っていたの」


「北に、アルカナ神国以外に、敵がいるということ?」

「辺境伯が言うには、さらに北にあるレイやマーシュという国も、軍備を増強していて、アルカナといっしょになって攻めてくるかもしれない。だから、隣接する西の国々とは、婚姻を通じて固い同盟を結び、いざという時には、助けが得られるように、いまから、準備しておく必要があると言うの」

 王妃は、シェラの手をとって、ソファーにふたり並んで座った。


 俺は、邪魔にならぬよう、入ってきたドア側の壁の前に、直立不動で控えた。

 と、さっきから腕組みして突っ立っていたリンダが、俺に、しゃがんで右腕を伸ばすように命令した。リンダは、伸ばした腕に、ちょこんと腰かけた。ここ数日間で溜まった疲労に、立っていられなくなったのだろう。


「あなたを説得して、ミール王国に嫁がせるようにしろと、辺境伯からは、いわれてるの。でも、陛下とわたしは、あなたをミールへやりたくなかったの。亡くなったひいおばあ様が、ミールの出身で、古い慣習がのこる、女性が奴隷のように扱われる国だっていってたわ。故郷ではあるけど、二度と戻りたくないともいってたのよ」


 王妃は、また、溜め息をついて、シェラの肩を抱きながら、

「ごめんなさい。いまの状態だと、陛下が殺されるかもしれない。辺境伯たちの命じるままに動かないと、どんな目にあわされるか、わからない。だから、ミール王国へ嫁ぐことを、受け入れてほしいの。あなたを犠牲にしてしまうけれど。――本当にごめんなさい」

「母上、心配されることはありません! ミールに行きます。――ひいおばあ様の時代から、何十年もたっています。女性の扱いも、少しは変わっているでしょう。何の心配もいりません」

 シェラは、王妃を励ましている。本当に、隣国の皇太子と、結婚するつもりだろうか?

 俺は、右腕にリンダを乗せたまま、ゆっくりと立ち上がった。




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