第36話 辺境伯

 シェラがいた。

 部屋の奥のソファーの端に、膝をかかえ、座りこんでいた。

 暗い顔は変わっていない。頬もこけ、一気に何歳も年をとったようにみえた。

 声をかけようとしたが、喉が動かず、唸り声さえ出せなかった。

 空気が喉を通り抜けるヒューヒューという音が、微かに聞こえたが、シェラも、リンダも気づいてくれなかった。


 シェラが、俺をみた。

「コウヘイ! 生きてた!」

 シェラは、俺に飛びついた。横でリンダが、してやったりという顔で、にやにやしている。

「コウヘイ! コウヘイ!」

 シェラは、何度も俺を呼んだ。

 シェラは、返事をしない俺を、涙の跡の残る顔で、いぶかしげにみた。


 シェラが、パッと俺から離れた。

 泣きそうな顔になって、俺を、じっとみている。

 シェラは、リンダの方をみた。

「これは、コウヘイじゃないわ! 偽物を作ったの?」


 リンダは、怒りの声をあげた。

「いいかげんにして! 持ち帰ったゴーレム体を、弟子たちと再生させたのよ。みんな、寝ずにがんばってくれたの。偽物だなどと、よくいえたわね!」

「偽物よ! 喋らないじゃない! 本物なら、自律型だから、返事をくれるはずよ。身体も、もっと暖かったのに」

「いくらビエラ師匠でも、完全な自律型は無理だわ。――細かい行動規範、事象に対する行動指示を、創ったときに入れているはず……。一度、壊れてしまったのだから、そういうものは失われているのよ。顔、形、基本動作は復元しているのだから、我慢しなさい!」


 シェラは、首をふった。

「違うわ。コウヘイは、完全な自律型だった。予測できないことが起きても、反応していたもの。――こんなの、コウヘイじゃない!」

 シェラは、俺の胸を力まかせに突いた。胸板がへこんだが、すぐ元に戻った。シェラ程度の力では、ゴーレムの身体には、何の傷も負わせられない。


 その時、背後でドアの開く音がした。複数の人間が入ってきた。

 男性ふたりに、両手を前で縛られた中年の女性がひとり。


 女性をみると、シェラは、駆けよった。

「母上! 生きておられた!」

 このひとが、シェラの母親の、この国の王妃か……シェラとよく似ているな。

 俺は、シェラと同じ瞳の色で、心労で頬がこけて、眼にくまのできている女性を観察した。

 駆けよったシェラの前に、部屋に入ってきた男性のうちのひとりが、立ちふさがった。


「辺境伯! どうして、こんな事をするの?」

 男は、低いしゃがれ声でこたえた。

「こんな事とは、どの事ですかな?」

 男は、灰白色の長い髪を頭のうしろでしばっていた。しばったところには、昔の日本のかんざしのような、飾りのついた平べったい棒を、二本、差しこんでいる。

「いま、あなたがやっている事よ! 反乱、王族の監禁、殺人!」

 男の表情は変わらなかった。いや、細い眼が、よりいっそう細くなったように感じた。


「どれも、いたしかたなく……。国外の勢力が虎視眈々と、我が領土、それに続く、この国の領土すべてを狙っております。……残念ながら、陛下の取り巻きたちは、そのことに気づきもしなかった。陛下御自身は、少しはわかっておられたようだが、結局取り巻きの貴族たちの言いなりだった」


「父上とて、万能ではないわ! ――有力貴族の意にそまぬ施策を行えば、反発を買う。場合によっては、暗殺や内乱が起こる可能性もある。弱腰とみられたかもしれないけれど、できるだけ対立が起こらぬよう、貴族のあいだの調整を行いながら、穏やかに物事をすすめていく――それが父上のやり方だった」


「そのやり方では、遅い! ……マルカナ王国とアルカナ神国が裏で組んでいるのは、明らか! わが国も総力をあげて、やつらを撃退せねばならん! 話し合って、調整して、などと、そんな時間はない! ……北の国境の争いで、大勢の者が死んだ。……わが領土の騎士も、魔法兵たちも、たくさんの者が血を流した。姑息な中央貴族どもは、援軍をよこそうともせん!」

「彼らは、知らなかっただけです。知っていれば、渋々ながらでも、援軍を送ったはずです」


 辺境伯は、シェラを、あきれた顔でみおろした。口にこぶしをあて、クックッと笑った。

「――何も知らんのですな。正規兵のいるモエラ城の地下室で、援軍を要請する使者の遺体がみつかった! ――使者は着いていた。やつらは、知っていて、戦いに赴くのが嫌で、援軍を送らなかった。そのうえ、隠蔽のため、命がけでたどりついた使者まで殺したのだ」

 シェラは、絶句して、ただ辺境伯をにらむだけだった。 





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