第32話 ゴーレム研究室
王宮の転移室を出ると、俺たちゴーレムは、女魔法使いやシェラとわかれて、ゴーレム待機用に作られた部屋に向かった。
俺は王宮のことは、よく知らない。
はかの2体に合わせて、ついていくしかなかった。
たぶん、女魔法使いの弟子なのだろう――転移室から、十七、八歳にみえる青年が、俺達を先導し、迷路のような王宮のなかを右に左に曲がり、天井の高い倉庫のような場所に、たどりついた。
部屋には、数人の、元の世界でいえばツナギのような作業服を着た(彼らもやはり女魔法使いの弟子なのだと思う)若者たちが、待ち構えていた。
若者たちは、モップや棒タワシのような道具を携えており、俺達が、倉庫の隅に並ぶと、いっせいに俺達の身体を拭き始めた。掃除用具には、魔力が込められているのか、洗剤をつけている様子もないのに、ゴーレムの身体の表面についた塵や砂粒、泥などが簡単に拭きとられている。
大型ゴーレムへの憑依は、かなり進んでいて、皮膚感覚もあり、モップで拭かれたところが、ひんやりして、心地よかった。
ゴーレムの身体の掃除は終わったが、清掃作業をした弟子たちは、そのまま部屋に残り、何かを待っていた。
倉庫の引き戸が、強い力で勢いよく開かれ、引き戸をささえる滑りの悪い車輪の、悲鳴のような摩擦音が響いた。
――あの女魔法使いだ!
後ろに何かを載せた、中型の台車を従えている。弟子がふたりがかりで、台車を押していた。
女魔法使いは、台車の上の物にかぶせられていた薄緑色のカバーをとった。
―――あっ!
台車の上には、つぶれて、手足の折れ曲がった俺の元のゴーレムの身体があった。
女魔法使い――弟子たちが呼んでいるのを聞いて名前がわかった――リンダは、大声で支持を出し、ゴーレムを台車から降ろさせた。
部屋の中央にある腰ぐらいの高さの台の上に、壊れたゴーレムを寝かせた。
ごろんと、置かれたゴーレムの首が転がりかけて止まる――首も皮一枚でつながっているようで、飛び出しつぶれた眼球とともに、みていて気持ち悪かった。
俺は、すぐに魔力をゴーレムの耳に集中させた。このゴーレムの身体は、大きいせいか、身体の特定部位に魔力を集中しないと、魔法の能力が、なかなか発揮できない。魔力神経もそれほど細かくなく、指や耳たぶの先まで届いてはいないようだ。
こういうところにも、ビエラと他の魔法使いの力量の差が表れている。
「コウヘイの手足を伸ばして!」
「コウヘイですか?」
弟子の一人が、不思議そうな顔で訊いた。
リンダは、にやにやした。
「王女殿下がいうには、コウヘイという名だそうよ。魂もないのに、生き物だと思ってるの」
「ゴーレムを、生き物? それはめずらしい」
「王女殿下は、どんな様子ですか?」
弟子のひとりが、遠慮がちに訊く。
リンダは、舌打ちしながら、
「悲嘆に暮れてるわ! ゴーレムが停止したくらいで! ……ああ、あなたは、王女殿下のファンだものね」
「いえ……」
その若い、少年といっていいくらいの弟子は、顔を赤らめた。そのあいだも、台の上の動かないゴーレムの両足を引っ張り、伸ばしている。
「魔力を注いで、こいつを起動状態にするのよ! よみがえったコイツをみれば、王女殿下も、ゴーレムが修理の効く非生物だと気づくでしょう」
リンダは、胸を張った。
「ビエラ師匠の、最新のゴーレム魔術の中身がわかるし、コイツを持ち帰ったのは、我がことながら、良い判断だったわ」
リンダは、自画自賛しながら、ゴーレムをいじくっている弟子たちのなかに、自分も混じった。早口で、弟子と話しながら、ビエラのゴーレムを再び動かそうと、裂けている部位に手をつっこみ、何事か作業を行っている。
魔法を使い始め、ゴーレムの身体が薄い光につつまれた。離れたところにいた、別の弟子が、ゴーレムの材料となる、魔石の粉の塊を運んできた。
リンダは、粉を手に取り、要所要所にふりかけたり、ちいさい塊をちぎって、内部に詰め込んでいる。
リンダも弟子たちも、一晩中かけて、作業を続けた。弟子たちは、ときどき仮眠をとっていたが、リンダは、結局、一度も寝なかった。
充血した眼が、ぎらぎら輝き、異様に高いテンションを維持している。
――ゴーレム魔法が、ほんとに好きなんだな。
俺が一時間の睡眠をとったあとも、リンダは、黙々と、作業を続けている。敵ながら、感心してしまった。ビエラも、魔法の研究に夢中になると、俺が声をかけても、何もこたえず、没頭していた。
優秀な魔法使いになるには、これぐらい熱中できなければ、駄目なんだろう。
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