第31話 到着

 俺が敵のゴーレムのなかに入って、三日がたった。駐屯地を出発し、野営を繰り返し、王都まで、あと一日のところまで来た。


 地平線上、平原のはるか向こうに、突き出た尾根の一部のようにみえる王都の防壁が現れた。俺たちゴーレムが一歩進むたびに、尾根の一部が、岩山の一部のように見え始め、さらに近づき、壁であるとわかるところまで来た。


 前を進む馬車とゴーレムが、ふいに右に曲がった。

 王都の防壁のまわりには、広大な田園と牧場が広がっており、農家の家と作業小屋、家畜小屋などが、ぽつりぽつりと建っている。

 馬車は、麦畑や豆畑を横ぎるせまい農道を通り、防風林に囲まれた大きな平屋建ての屋敷に着いた。


 王都に入らず、この屋敷に滞在するのだろうか? 

 この屋敷の高さだと、大型ゴーレムを収容するのには足りない。敷地内の倉庫らしき建物も、高さはあるが、出入り口の高さは、ゴーレムの半分くらいしかない。寝そべって通れというのだろうか。


 馬車から、シェラと女魔法使いが降りた。さらに、数人の魔法兵が馬車から降り、二人のあとに続く。

 屋敷の正面の扉が左右に開いた。開いた先は広い通路になっており、通路の先には四角い光がみえた。

 どうやら、屋敷の裏側への出口らしい。表から裏まで、まっすぐ続いている通廊だった。


 女魔法使いが、こちらを向いて、何かを唱え、手を突き出し、おいでというように手首を下に曲げた。

 ゴーレムのなかで、女魔法使いの言葉が響きわたった。

 俺の隣に立っていた一体のゴーレムが前に進み始めた。もう一体のゴーレムも、そのあとに続く。

 俺も、そのあとに続いた。


 が、ちょっと待て――。

 このまま進むと屋敷の屋根にぶつかってしまう。ゴーレムの身長は、開いている扉の高さを、頭一個分くらい越えている。

 先頭のゴーレムは開いた扉のなかに、ちょうど、踏み入れようとしていた。

 あっ! 俺が声をあげる一瞬のうちに、ゴーレムの前の屋根が、割れるように開いた。

 先頭のゴーレムは、屋根が割れてできた空間に頭をつっこみ、何事もなく屋敷の裏側へ出た。俺を含めた2体も、あとに続き、屋敷を、正面からみたら縦方向に横切った。


 屋敷の裏手に出るだろうという予想は、はずれた。

 出たところは、ぐるっと屋敷の壁に囲まれた中庭だった。中央に毛皮を縫い合わせて作られた大きなカバーのようなものがあり、円形の広場のような場所を覆っていた。

 中庭のそれ以外の場所には、背の低い、この世界の名前も知らぬ黄色や紫の花々が咲いていた。今までみたことがなかったが、この世界にも、観賞用の花を植えて楽しむ習慣があるのだろう。

 魔法兵がふたりがかりで、毛皮製カバーをはがすと、その下から、魔法の円陣が現れた。細かいところは違っているが、見覚えがあった。ビエラの家や、転移先の作業場にあった転移用魔法陣だ。


 女魔法使いは、動きの鈍いシェラの腕をしっかりつかみ、ひきずるようにして転移陣の中央へ連れてゆく。

 カバーをはがした魔法兵のひとりも、転移陣に入った。もうひとりは、ここに残るらしい。


 女魔法使いは、また何事か唱えた。俺を含めた3体のゴーレムの身体が動き、シェラと女魔法使いを囲むようにゴーレムが立った。女魔法使いが呪文を唱えたとき、俺のゴーレムは、すぐに動かなかった。あわてて、他の2体に合わせて動いた。


 どうやら、このゴーレムは、女魔法使いの支配からはずれたらしい。俺の魔力とゴーレムの魔力が同調した時点で、女魔法使いの支配から逃れたように思える。

 余裕ができたら、女魔法使いの目が届かないところで、どのくらい独自の動きができるか、試してみよう。


 女魔法使いが、手を上げた。転移呪文を唱えている。ビエラの呪文より、かなり長い……魔法使いの資質や、能力により呪文の長さも違ってくるのかもしれない。

 呪文が終わった。俺は、強い魔力のうねりを感じた。が、なかなか転移しない。

 うん? 失敗か? 

 俺が疑念を持ったとき、景色が変わった。


 ――見上げると、天井が高くて丸い。

 俺達が立っているのは、10段ぐらいの階段がある、すり鉢状になった、ドーム型の天井を持つ部屋の一番下、底になっている部分だった。足の下には、転移受け入れのための、大きな魔法陣が描かれている。


 無事に転移できたことにホッとしたが、やはりビエラは、魔法使いとしては特別だったと思わざるをえなかった。同じ魔法で比べてみると、呪文の短さや、魔法始動の早さ、魔力の安定感、どれをとっても、ビエラの方が上まわっていた。ビエラの傑出した能力が、よくわかった。  

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