第30話 シェラと女ゴーレムマスター

 宿泊施設のなかに、シェラとゴーレム使いの女魔法使いが入ったのを見届けた俺は、なんとか施設内部の様子をのぞけないものかと、大型ゴーレムを動かそうとした。

 が、手首から先が、かろうじて動いただけで、足は、まったく動かなかった。このゴーレムへの憑依が完成するのは、まだまだ時間がかかりそうだ。


 俺は、声だけでも聞こえないかと、ギギギ、ギギギという音をさせながら、シェラの入った施設の方に耳を向けた。

 これだけ離れていては、魔力の耳を持つゴーレムでも、シェラたちの声を捕らえるのは、難しかった。


 耳にできるだけ魔力を込めてみる。風というほどでもない、少量の空気が施設内を流れる音。施設内を歩きまわる誰かの足音。壁の材料として使われている布が、よじれたり、たわんだりする音など、雑多な音しか聞こえない。


 俺は、自分の持つ魔力とゴーレムの魔力を、まわりに広げていった。


 ふいに、人の声が耳に入ってきた。

 俺とこのゴーレムとの接続が強くなった? ラジオの周波数が合うように、何かがピタッと合わさったように感じた。俺の魔力とゴーレムの魔力が同調した、とでもいえば良いのだろうか。

 耳をすますと、人がふたりいて、話をしているようだ。どうやら、シェラと、もうひとりは、あの中年の女魔法使いのようだった。


「いつまで泣いてるの? ゴーレムなんて、いくらでも、替わりを作れるのに」

 女性にしては低い声だが、言葉の区切りがはっきりしていて、学校の先生の発声を思い出させた。

「人殺し! コウヘイを殺した!」

「もう、人聞きの悪い! ゴーレムでしょ! 確かにビエラ師匠が作っただけあって、よくできたゴーレムだけど。元々、命のない魔力だけの存在よ。――王女殿下、動物ならわかるけど、ゴーレムにそこまで入れ込むのは、感心しないわね」


 シェラのすすり泣く声が、怒りのこもったうなるような声に変わった。

「コウヘイは、ゴーレムでも、人間と同じよ! 自律型で、自分の判断で動いてたの! あなたは、彼を殺した! 人殺し! ヒトゴロシ!」

 シェラはののしり続けて、最後には声が出なくなったのか、ゼイゼイ、ハアハアと、あえぐだけになった。


 魔法使いの女が、手をたたいた。いきなりだったので、聞いていた俺も、思わず耳を押さえそうになった(ゴーレムだから、とっさの動きはできないのだが)。

「黙りなさい! 落ち着いたら、また話に来るわ。あなたには、国のために役割を果たす義務があるのよ」

 それから、ドアを開け閉めする音がした。シェラのすすり泣く声が、また聞こえ始めた。


 俺は、そこで、聞くのをやめた。何かひどい目にあっているのではないかと思ったが、少なくとも、暴力的なことはされていないようだ。

 それにしても、シェラの果たすべき義務とは、何だろう? 

 俺は、嫌な予感がした。

 反乱軍が、元の国王の娘にさせることだ。碌な事ではないに違いない。一刻も早く、シェラを助け出さなければ……。

 俺は、あらためて決意を固めた。

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