第15話 少女を助ける

 俺は、少女の背中に手をあて、腕をとり、立つようにうながした。首のないゴーレムにすがりついている、こわばった手をひきはがしながら、少女の表情を観察する。

 少女は首をふりながら、それでも、ようやくふらつきながら立ちあがった。

 ふらついたとき、俺の腕に少女の体重がかかった。ひどく軽かった。


「家のなかで、話そう」

 少女が不安そうに、眼を見開く。

「……なかには、誰もいない」

 俺は、ゴーレム特有の低いが響く声で、家に入っても安全であることを強調した。

 少女のすがりついていたゴーレムは、胴体だけだが、服の下に見える肌にきざまれた図形は、見覚えがなかった。

「以前に、護衛としてビエラ姉さまから贈られたの。……サディと呼んでたの。ここまで、守ってくれた――」

 俺の、よこたわるゴーレムへのいぶかしげな視線を感じたのか、少女はつらそうに説明した。


 首のないゴーレムを肩にかつぎあげ、少女の手を引いて、家のなかに戻った。ひとまず、転移室に連れてゆき、ゴーレムも、俺が転移したときによこたわっていた台の上に寝かせた。


 転移室以外の部屋は、壁や家具が破壊され、ぐちゃぐちゃで、特にビエラの使っていた部屋がひどく、人の住める環境ではなかった。

 この部屋が、少し体液の散ったあとがあるくらいで一番マシだった。粗末なものだが、椅子やテーブルがあるし、部屋の一画に、ゴーレムの素材を置くための、柔らかい毛皮の敷物もある。


 少女を椅子に座らせると、この世界のお茶(もとの世界での紅茶のようなもの)を用意した。

 お茶を入れる道具は、テーブルのうえに、そのまま残っていた。ビエラは、いつも通り、俺を迎えて、お茶で一服するつもりだったのだろう。

 水を入れてふたをすると、すぐにお湯になる、これもビエラ発明の魔道具―湯を沸かし沸かしたあとも冷めない磁器製ポット―で、カップにお湯を入れた。そこに、この世界の茶葉を少量、目分量で入れる。すぐにお茶独特の香りが立ちのぼり、気持ちが落ちついた。


 少女にカップを渡し、俺も、背もたれがないが座面が丸く広い椅子を、テーブルの下からひっぱりだし、座った。分厚く大きいゴーレム用のカップにお茶を入れ、湯気をながめながら、ひとくち飲んだ。

「泣いているみたい」

 少女が、俺の顔をみてつぶやいた。

 俺は、自分の頬をさわった。ゴーレムの冷たい皮膚に触れた湯気が、水滴となって幾筋も流れている。あごから首につたわる頃には蒸発しているだろう。そのまま放っておいた。


「俺は、コウヘイ・アイザワ。――名前は何というんだ?」

「シェラ。シェラ・シエタ・グリーンです」

 少女は名のると、やっと落ち着いたのか、カップで両手を暖めながら訊いてきた。

「あなたは、自律型ゴーレム? 姉さまは、とうとう成功したの?」

 自律型? 自分で知性と意志を持ち、動けるという意味だろうか。異世界から、魂だけ転移させられたことを説明するのは、むずかしかった。ビエラがいなければ、何の証拠もなく、少女が無条件に信じるとも思えなかった。いまは、自律型ということにしておこう。

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