第2話 蔵のなかで

 蔵のなかはふた部屋にわかれていて、引き戸を明けてすぐの、前側の部屋には、細々とした小さなもの、焼き物や掛け軸や座敷用の置物などがあった。何段もの木製の棚にごちゃごちゃと置かれていて、見るだけで疲れてくる。


 奥の部屋との境目には、格子の引き戸があって、ガタガタと揺れるそれを開けると、比較的大きな物品、和箪笥や鏡台、屏風などが雑然と置かれていた。どれも壁に押しつけられており、物品と物品の間には、かろうじて人一人が通れるくらいの隙間があいていた。物品の上側はぶ厚くホコリでおおわれ、間違って触れると、臨時に設置されたLED灯の光のなかを、煙幕のように舞った。


 こういう場所では、マスクが必須だったな。

 持ってないものはしかたがないので、ハンカチをマスクがわりにして、眼に入ったホコリを涙で洗いながしながら、さらに奥へ進む。 

 すると、箪笥と箪笥の間に、壁にもたせかけられた衝立が見えた。

 和風のものではなく、見たことのない花と葉の複雑なデザインが、衝立全体をおおっている。中東の遺跡にでもあるような、そのデザインがなぜか気にかかって、立ち止まり眼を近づけ、素材がなにか、見てみた。

 金属なのか木材なのか、見ただけでは見当がつかない。さわってみると、ほんの少しだけ、暖かかった。指で押してみると、微妙な弾力があり、曲げようとすると、しなって、少々のことでは、折れそうにない。


 ふと下を見ると、衝立の前には、なぜか、ホコリが積もっていなかった。物品の間の通路は、ヒトが通るのだから、ホコリがあまりないのは当然として、なぜここだけ、ホコリが溜まってないんだろう。

 誰かが、頻繁にこの前に立ったとしか思えない。

 意外に価値があるものなのか?

 つま先だちになって、衝立の上の方を見たり、しゃがんで下の方を見たりしたが、花びらと葉の模様が細かくきざまれているだけで、金や銀の塗料が塗ってあるわけでもない。

 裏側を見ようとしたが、両手を広げて衝立の端をつかみ、まわそうとしても、びくともしない。


 見た目は軽そうな素材なのに……。

 衝立に手をかけ、顔をぎりぎりまで近づけ、もたれるようにして、きざまれた模様の隙間を調べる。

 と、よけいな体重をかけていたらしく、いきなり衝立が後ろにひっくりかえった――ように感じた。

 が、実際は身体が衝立のなかに突っ込み、あらがってもどうにもならず、そのまま衝立の奥へ、さらに奥へと突っ込んでいった。


 眼の前が真っ暗になり、身体が引っくり返っているように感じる。衝立を突き抜けたのなら、蔵の壁にぶち当たらなければならない。なのに、何もない空間を、くるくると回転しながら落ちていった。

 何時間も落ち続けているような感覚が続き、ふいにそれが消えた。

 どこだ?

 見覚えのない狭い部屋だった。  




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