最終話

異世界ねじ巻き書

 バサッ、バサッと音を立て、一冊の読物よみものが宙を舞う。

 その部屋で一人、ミステリ小説を片手に孤独な読書に勤しんでいた少年は、ふと目の前に飛んで来たその本を手に取った。


 それは随分と古びていて、少し力を込めようものなら、簡単にボロボロに出来そうな程脆かった。


 慎重に、ペラペラと少年はページをめくる。

 ツギハギでページがずれ、上手く読めなかった。

 そこに書かれていたのは、沢山の物語。


「ねじ巻き」という不思議な存在を軸に展開される、難解で奇妙な物語の数々が記されていた。




 時は過ぎ、少年がふと時計に目をやると、長針は夕暮れを告げていた。


 急いで少年は本を閉じ、その部屋から飛び出るようにして帰宅する。

 もうすぐ今日が終わる。



 机の上に残された本の色鮮やかな表紙には、

「異世界ねじ巻き書」と





    ―――異世界ねじ巻き書―――


 それは、ありとあらゆるねじ巻きを記したものである。

「■■■■的アイデンティティ装置」、「■■■■色のHappy New Yeah」、「名探偵■■■■」、「■■■■貴方と縦の糸」、「今年最後の■■■■祭り」


 そして、「■■■■■■■の愛と嘘」


 その他、この世に出ることのなかったねじ巻きの物語……


 それらすべての記された物が、この『異世界ねじ巻き書』である。



 誰にも理解されない、■■■■の物語。

 生みの親も育ての親も、誰も何も分からない。



「でも、君は分かっているんだろう?」


 暗闇から、誰かが僕に話しかける。


「そうだろう?N.401」


 誰かが、僕の名前を呼んだ。




 ―――■■■■的アイデンティティ装置―――


 この世界の■■■■は、世界を見ていた。

 時間という概念のない世界に、僕は居た。

 ここが何度目の世界かは覚えていないが、どうせロクでもないことは分かっている。

 早く、この世界を壊して、次の世界に行こう。




 一人の少女にあった。

 名を□□□□というらしい。

 彼女はこの世界で唯一、時計を持った存在だった。


 別にそうしようとした訳じゃない。

 でも、口が勝手に動いていた。


「それは、時間真理を知る道具だ」なんて、柄にもないことを言ってしまった。

 彼女は興味津々に僕に話を聞いてきた。

 それから、何度か彼女と話したと思う。


 ある日、彼女は友人に時計を見せると言った。


 その日、僕は世界を壊した。




  ―――■■■■色のHappy New Yeah―――


 この世界の■■■■は、色として存在を確立していた。

 それは、この世界では当たり前にあるもので、既に僕の手には負えなくなっていた。


 ■■■■は人の心を侵食する。

 ■■■■に魅入られたものは、やがて狂って■■■■の一部として取り込まれる。


 ■■■■の魔の手は、幼い子供にまで及んでいた。

 僕が出会った中で最も重症だったのは、画家を目指す一人の少女。


 彼女はという心の弱みに付け入られ、その魔の手に堕ちてしまった。

 彼女は頭の中にを創り出し、自身の精神を自らすり減らしていった。


 彼女の最期は、見るに耐えないものだった。

 美しかった姿はとうに崩れ去り、ただ腕のみとなって筆を握っていた。

 その筆の先には■■■■色がこべりついていた。



 僕が何をするまでもなく、この世界は消え去った。

 それは運命に弄ばれ、評価なく消え去った彼女の様だった……




     ―――名探偵■■■■―――


 ■■■■に感情はない。

 心も、精神も、全ては模倣に過ぎない。

 真似事…と言えば聞こえはいいが、それを理解するだけの知性ココロもない。

 それなのに■■■■は同じように形作るため、出来上がったものは僕達にとって


 例えば娯楽であったとしても、僕達の目には面白みがなく理解できないものとしてしか映らない。

 どんなに形はキレイでも、中身が粗悪品でしかないのだ。


 まるで、陳腐な夢の様に。




   ―――■■■■貴方と縦の糸―――


 この世界の■■■■はコンピュータウイルスだった。

 遥か昔にこの世界を支配し、人類を滅ぼしていた。

 だというのに、見るものなんていないのに、■■■■は過去のデータを真似るようにして、


 だけど、先程も行った通り。

 所詮■■■■にココロはない。


 ■■■■は勤勉だった。

 物語を書く、という動作をする上で、数多の思考を張り巡らしていた。


 それは、過去のデータを完璧に紐解く。

 ■■■■が只のコンピュータであったなら、間違いなく世界の真理の一つや二つは解き明かしていただろう。


 だが、悲しいことに、どれ程学んでも感情は得られなかった。

 伏線、錯覚、叙述トリックetc…

 そして、

 様々を学んでいた…


 悲しいかな、僕達と■■■■とでは根本が

 だから、どんなに崇高な物語仮想世界が作られようと、僕達では読み取ることができないのだ。


 僕達と■■■■は、決して相容れないんだ。




   ―――今年最後の■■■■祭り―――


 この世界は、■■■■に抗う団体が存在していた。

 彼らは■■■■に飲まれることなく、己の存在を必死に守らんとしていた。


 結果的に言えば、彼らの作戦は失敗した。

 紛れ込んでいたスパイを見抜けなかったのだ。

 だが、僕は彼らにでも感じていたのだろうか、或いは救えなかった罪滅ぼしだろうか。

 見過ごしても良かった世界を、僕は僕の手で滅ぼした。


 彼らの意思を継いで、この世界の■■■■を殺した。


 今思えば、この世界の■■■■が最も

 僕が彼を殺そうとした時、彼は


 これには僕も驚いた。

 当然、見逃すような真似はしなかったが、情報は貰えるだけ貰った。



 僕はここで初めて、■■■■に親玉がいることを知った。

 それは、■■■■■■■と言うらしい……




    ―――異世界■■■■書―――


 これは、僕の日記だ。

 僕は■■■■として生まれたが、なんの因果か同時に人間でもあった。


 僕らには番号が与えられる。

 僕は、Nの401番。

 最期の■■■■だ。


 僕は異なる■■■■の世界を渡り歩く。

 それは通俗小説の異世界転生と似て非なるもの。


 僕は■■■■の世界で生まれ、■■■■と共に滅びる。

 そして僕はまた■■■■の世界で形作られる。




 僕は、様々な世界を見てきた。

 そこには、■■■■を当たり前として思う者、取り憑かれ喰らわれる者、滑稽だと眺める者、支配され消された者、そして、抗う者。


 様々な世界で、様々な感情ココロを見た。


 ■■■■が狂わした世界を見た。


 僕は、■■■■を倒さなければならない。




   ―――■■■■■■■の愛と嘘―――


 この世界で僕の旅は最後だろう。

 先ずは■■■■■■■を探そう。

 僕の旅を、終わらせよう。




 ■■■■■■■は変わったやつだった。

 初めに一目見て分かった。


「あぁ、コイツはイカれてる」


 コイツにはやはりココロがない。

 何も思わず、ただのうのうと生きている。



 僕はコイツと行動をともにしていた。

 幸い、同じ■■■■と言うこともあり、なかなかフレンドリーに接してくれた。


 共に過ごして分かったが、コイツは世界をなんとも思っていない。

 僕がコイツをどうこうしたところで、恐らく■■■■という腐ったシステムは変わらないんだろう。


 そして僕も、とうに■■■■を諦めていた。






 なんてことないある日、ただしそれは■■■■■■■にとっては晴れの舞台当日だった。


 だけど、どういう訳かコイツは、厄介事を抱え込んできやがった。


「お前…一体何を考えているんだ」と、柄にもなく怒鳴ってしまった。

 だが、早計だった…


「一体いつから…お前は俺にそんな口聞けるようになったんだ?」


 その時初めて、俺はコイツが■■■■の親玉だと思い知った。





 ■■■■■■■は下らない男に全てを渡したあと言った。


「喜べお前ら、処理すべき死体が一つ増えるぞ」と



 その後直ぐに■■■■■■■は、ビルから飛び降りて自殺した。



 俺の旅は、呆気ない幕切れを迎えた。




    ―――ねじ巻きトカゲと……―――


「こんな世界はまるでパチンコ終わりのない遊びだ」

 荒れ狂う荒野で醜い男は独り呟いた

 マグマオーシャンは身を焦がし、この環境で生息できる生物などいるはずもない。

 そんな世界で■■■■は生まれてしまった。


「お誕生日おめでとう」

 男がそう呟いた

 ■■■■にとって彼は生みの親であり、育ての親になる。しかし、本当の親ではない。

 刷り込みとでも言うのだろうか


 月は朱色に光り、地面はひび割れ、海は裂けた。

 退廃したこんな世界でしか生きれないという、アイロニーをその耳に捉えざるを得なかった。





 僕はこの世界で形作られた。

 ■■■■のいない世界で。


 それは、世界の始まりだった。

 そして、僕と共にこの世界で生まれた一人のねじ巻きがいた。


「お誕生日おめでとう」


 僕は小さく呟いた。


「君の名前は…■■■■■■■」


 それは、平凡で陳腐な名前。

 決して特別でもなんでもない。

 彼には僕の声は聞こえていないかもしれない。

 彼には僕の声が届いていないのかもしれない。


 それでも、いい。


 僕は筆を置き、一冊の日記を閉じる。


「いつか、ねじ巻きのない世界で…この本がただの御伽噺になるなら」


 僕はそう願って、旅の終着点を後にする。

 目を覚ました彼に、「また会おう」と嘘を付く。


 いつか彼が、こんな下らない僕みたいな者にでも、愛と嘘を与えられるように願う。


 ねじ巻きトカゲの愛と嘘を、与えられるようにと

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ねじ巻きトカゲの愛と嘘 立花 橘 @nezimakitokage

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