第16話 いまではないいつか、ここではないどこかで。









 いまではないいつか、ここではないどこかで、ひとり空を見上げる女の子がいました。


 いつからそこにいたのか、それまでどこにいたのか、彼女は、とても悲しげな顔で溜息をひとつ。

 そこでずっと、誰とも目を合わせず、自分から話そうともせず、ただずっと暗い表情で、空を見上げたまま、毎日何をするわけでもなく、誰が踊りに誘っても、どう歌に誘っても、黙って首を横に振るのです。

 彼女がずっとそうなので、周りも不思議に思い尋ねました。


 ――空に何かあるの?


「……いえ、ただ。……どうやら私は、酷く冷酷で残忍な生き物だったみたいなのです」


 女の子は、少しの間を置いて、呟くように答えます。


「たぶんどこかで、なにか悪いことをしたのだと思います」


 儚げに、どこか憂いを拭くんだ眼差しのまま。


「きっと、それは何か大切なものを踏みにじるような、大事な想いを台無しにするかのような、そんな悪魔のような所業だったのではないかと、今も続くこの胸の痛みが、そう訴えてくるのです」


 そう言って、また口をつぐみます。

 皆は、彼女が言わんとするところ、それが何かわかりません。

 そのうち、声をかける者もひとり、またひとりと減り、それからどれくらい経ったのか、何度お日様とお月様が交代し、いくつの季節が過ぎたのか。周りが歌に踊りに騒ぐ中、少女はそこに座り、空を見上げて何度目かわからない、溜息を一つ。

 そんな折でした。

 ふと、久方ぶりに、彼女が他者の声を聞いたのは。


 ――少し、頼まれてはくれませんか?


 少女は、その声に心当たりがありました。

 声の方向に向き直ると、ゆっくりと片膝を立て、忠誠を誓うように恭しく頭を垂れます。


「……なんなりと」


 世俗に疎い彼女も、序列くらいはわかります。その御方と己とでは、天と地ほどの身分の差。もとより断ることなど出来ようもなく。

 声の主はいくつかの言付けの後、少女に言いました。


 ――ずいぶん、待たせてしまいましたね。

 

 少女は、首をかしげます。


 ――辛い思いをさせました。アナタはもっと可愛く笑う子です。愛らしくワガママを言う子です。それなのに、ごめんなさい。


 その、自分へと向けられた柔らかな笑みも、頭を撫でる優しい手も、その全てが彼女にとって意味のわからないものだったからです。

 なぜ、この御方は、こうも自分なんかに謝るのだろう。

 ただ、少女はとても、とても胸が軽くなりました。――そして、なぜでしょう。


 ――あの子が待っていますよ。


「……お、およよ?」


 その虹色の瞳からは、次から次に、大粒の涙がこぼれ……。








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