第11話 いまではないいつか、ここではないどこかで。








 いまではないいつか、ここではないどこかで、ある少女が、神様にお願いをしました。


『どうか、あの人を幸せにしてください』


 くたびれたベッドの上。死の病だとわかるやつれた顔で、ひどく咳をしながら、どうかお願いしますと頭を下げました。


 神は、言います。


 ――困りました。此度は、アナタに幸せをもたらせに来たのです。


 ありがとうございます、ですがと、少女はゆっくり首を横に振ります。


『もう、明日にも死の迫る我が身です。その幸せは、全てあの人に譲ります』


 ――よろしいのですか。


『はい』


 少女は、声を震わせます。


『とても、とても大切な人なのです』


 咳き込みながらも、とても必死に言葉を紡ぎます。


『私のために、せっかく稼いだお金を全て使ってしまうのです。そのせいで、いつもひもじい思いをしているのです。でも、一度も辛いと言わないのです。苦しいと泣かないのです。へっちゃらだよと、笑顔を見せてくれるのです。小さい頃から仲の良いだけの、ただそれだけの私にです。どうか、どうかお願いします。お恵みください。彼を幸せにして下さい』


 咳に血が混ざり、もう僅かばかりしかない命を削るように訴えて、少女は一時の間言葉が出ませんでした。

 こんなにも胸が苦しいのは初めてで、それでも、瞳にたくさんの涙を溜めて、お願いします。お願いします。止まらない咳を歯がゆく思いながらも、何度も懇願しました。


『そうすればお金の為に、食べるために、私のせいで危ない思いをしないですみます。……それと』


 もう、声はほとんど出ませんでした。少女は最後に、彼の顔を思い浮かべて笑います。


『あの人は、好きな相手がいるみたいなのです』


 ――そうですか。


『……その人と幸せに。ずっとずっと幸せに。だから、』


 ひとつだけ、きれいな瞳から涙を零し、伝わったかどうかわからない言の葉を悔やみながら……彼の名前を一度だけ。

 少女はゆっくり目をつぶりました。もう咳は出ず、不思議と胸の痛みもなくなっていました。


 ――はい。……お互いが、そう望むのであれば。


 その神の言葉に、薄れゆく意識の中で、少女は安堵しました。


『なら、良かった』








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