第8話 『悪魔』で『天使』な『取り立て屋』⑦







 彼女曰く、今のままでは貰いが少ないのは明らか。骨折り損のくたびれ儲けは、悪魔の沽券に関わるからとの理由らしい。


 あと、最後に小声で言った『ぶっちゃけ、そっちのほうがおもしろそうです』の一言。僕はその言葉を聞き逃さなかった。


 まぁ、彼女からすれば遊びがいのある大きな玩具を見つけた。要はその程度の事だろうけど、だけど、あちら側の真意はどうあれ、どうでしょうと言われても、どうでしょう?

 僕としては、あわよくば負債を全て来世の自分に押しつけようとすら考えているのだ、時間稼ぎが出来るだけで万々歳。でも、


「そんな事が可能なんですか?」


 幸せなんて、人それぞれだ。

 僕でさえ、さっきはああ言ったけど、実際の所、自分の幸せがなんなのかなんてわからない。

 それなのに、随分と軽々しく提案するもんだ。


「ふふん。それくらいお茶の子さいさいです。ヘソで紅茶がアルデンテです」


 意味不明な言葉と共に、少女は『優秀ですので』と、むんっと胸を張る。

 ゆったりとしたローブ越しだけど、出るところが出て引っ込むところの引っ込んだ、素晴らしいボディラインが眼福だ。


 でも、それが目の前の彼女のモノだと考えると、美人なんだけどなぁ。


 いかんせん、今の僕には恐怖の対象なわけで、素直に喜べないのが、なんだか損をした気分になる。

 そんな僕の沈黙を彼女がどう受け取ったのか。

 大方、先ほどまでのやりとりを鑑みるに、どうせあちらさんの都合の良い方向にしか解釈していないのだろうね。なんせ、


「難しく考えるからダメなんですよ」


 なんとかの考え休むに似たりって言うじゃないですか。


 にんまりとした小憎たらしい笑みを前に、もちろん『ほっとけ』なんて言えやしない。

 彼女は、――僕の滑稽さがそうさせたのかもしれないけれど――どうやら今の状況がいよいよ楽しくなってきたらしい。


 爛々と目を輝かせ、


「ようは、人間の三大欲求である睡眠欲・食欲・性欲を満たせばヒトは幸せになれるのです」


「はぁ」


 さいですか。

 どうにも意味深かつどこか素っ頓狂なことを論じながら、狭い部屋の中を鼻歌交じりに歩き回りはじめた。

 そして、そんな奇行に身構えもせず、漫然と目で追いかけていた自分も、相手はあの悪魔さんなのだから、多少なりとも警戒するべきだったのだ。


「アナタの現環境から鑑みるに、睡眠欲と食欲は人並に満たされているようです。と、いう事はですよ、後は残された性欲を満たせば、アナタはパーフェクト幸せ超人に生まれ変わる事になる。……ですので、」


 ――えいっ!


 それは、とても思い切りの良い声だった。


「ちょっ!?」


 そして、それを目の前にした僕の口からは、 なんてこったと戸惑いの声。


 なんせ、彼女は突然ローブを捲し上げ、そのキレイな太ももを、やおら外気にさらしてきたのだ。


 本音としては、ありがとうございますの一言だ。

 すらりと伸びた白磁のような美脚が眩しい。……だけど、意図はわかる。わかるけど、アプローチが大胆かつ唐突すぎて、これではただの破廉恥女である。


 バカな、なんというはた迷惑なご褒美だろうか。


 アワアワと泡吹く僕へ、サラリと金髪を可愛くなびかせながら、彼女の猛攻は始まった。


「ふっふ~ん。せっかくの美女の生足ですよ。目を逸らさないでくださいね。ほらっ、ほ~らっ」


「どっ! どこの変態ですかっ!」


 もしや、彼女は僕を性犯罪者にでもするつもりだろうか。


 密室で年頃の男女が二人。しかも女の方は清楚な金髪美人ときている。

 それこそ性欲を抑えきれず、僕が彼女に飛びかかったとあれば、絶世の美女と冴えない男。経緯や真実なんて関係ないさ、世論がどちらの肩を持つかなんて考えるまでもない。速攻でお縄。弁当なんて持たせちゃくれないさ、一発実刑待ったなしである。


 この悪魔め。


 それに、ついさっきまで債務がどうの、取り立てがどうのと一悶着があったわけで、ムードもへったくれもあったもんじゃない。

 そんな中でのこの破廉恥行為。

 目を背ける僕に、彼女がローブをたくし上げながら迫ってくるんだ。いったいどんな高度な変態プレイだろうか。

 不意打ちということもあり、今の僕は、こんなB級映画ばりの急展開に、狼狽えることしか出来ないわけで。


「もしかして、アナタは同性愛者ですか?」


「ノンケですっ!!」


「それなら、見なきゃもったいないですよ~。ほ~ら、ほ~~~ら」


 どうも、やけに彼女が生き生きしはじめたような、それでいてIQが急降下したような、そんな気がするのだけど、まさか、今のこの破天荒なおバカキャラが素だとでもいうのだろうか。

 さっきまでの、礼節をわきまえた雰囲気は、他所行き用に猫かぶっていたと、そういうことなのか。

 もしそうであるなら今の悪魔さんは止めるヤツのいない、好き放題、勝手放題の、まさに水を得た魚。


「あっ! やめてっ! それ以上近づかないでっ!!」


 住み慣れた自室。慌てふためいて逃げ惑うも、巧みなフットワークで部屋の隅へと追い込まれていく。


「ち・な・み・に、……今日の下着は、何色だとおもいます?」


「きゃーっ!!」


 この叫び声は、当然僕のもの。もはや、どちらが女子かわからない。

 とにもかくにもこの子は最悪だ。女として最低だ。そもそも僕は、変態でもなければ特殊な性癖も無い。


「確か、こういうのってこう言うんですよね?」


 いやよいやよも、なんとやら――えいっ♡


「誰かーっ!!」


 こんな美女が、抱きつこうとするもんだから、もう、誰でも良いから、お願い誰か。


 大人の人呼んでーっ!!







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