第5話 『悪魔』で『天使』な『取り立て屋』④
――カーテン越しに朝日が部屋を照らす中、僕の目覚ましがアラームを鳴らす。
時刻は朝の6時半。
そんな、いつ終結を向かえるのだろうと風雲急を告げていた局地的な冷戦を終わらせたのは、これまた非常にマヌケな音だった。
習慣とは恐ろしいもので、借金の取り立て中であるにもかかわらず、惨めにも腹の虫が泣き声をあげたのだ。
その音を聞き、彼女は「あらまぁ」と声を漏らす。
「ふふ。……アナタの朝餉の邪魔は出来ませんので、それでは手早く回収しようと思います」
彼女自身、少なからず機をうかがっていたのだろう。
これ幸いと踏んだのか、可愛くはにかむと、本日三度目となる奥ゆかしいまでのお辞儀を見せた。
無言という名の抵抗中なわけだけど、その見事な所作に、つられて僕も軽くだけど再び頭を下げてしまった、のだが……
「――アナタの『幸せ』を頂戴します」
……はい?
僕は、見事なまでにあっけにとられた顔をしているだろうね。
彼女は、出来の悪い生徒に言い聞かせるかのように、いいですか? と語る。
「この度、アナタの負債として、アナタの『幸せ』を頂く契約が成立しています。つまり、借入者――この場合、アナタの一世代前のアナタの事を指します。その時のアナタが『幸せ』を願い、それを『上』が受理しました。その後、アナタがその『幸せ』をどうしたか。それはわかりかねますが、借りたものは返すのが渡世の理です。それはアナタも理解していただけますよね」
……はい?
どう解釈すれば良いのやら。
アナタアナタと連呼され、何がアナタでどれが僕なのか。
いよいよアナタでゲシュタルト崩壊してしまいそうになりながら、次から次に、いくつもの謎が頭の中を占拠していく。
僕は、ちょっと待ってくれよと、混乱する脳内を整理するためにも、もっとも大きな疑問点、それについて質問を試みた。
問:『幸せ』を取られるとはどういうことか?
答:まず間違えなく不幸になりますね。お先真っ暗です。
「し、死んだり、とか? 」
不幸の行き着く先は残酷な死だろうと、そう考えた僕は愚かなのだろうか。彼女は、ちょっとだけ息を呑んで、
「死ねないですよ。だって、『不幸』なんですから」
すぐに、何を言ってるんですかと困り顔をみせた。
「二度と死ぬなんていわないで下さいね。それに、――死による安易な解放は、『不幸』に対する舐めプです」
その言葉が意味するところを僕は理解できなかったけど、『死』を口にした時の彼女の声色の変化と、影のある眼差しに、それ以上は聞けなくて。
さらには、『なんちゃって~』と彼女が苦笑い。
あたふたと誤魔化しはじめるもんだから、あちら側としても、一から十まで聞かれても困るぞと、隠しておきたい事の一つや二つあるのかもしれない。
その慌てた感じからも、これ以上の突っ込んだ質問は、したところで無駄だろう。
だけど、――そうはいっても僕は当事者だ。どうやったって気になるし、考えてしまう。
つまり、死ねないということは、死なないということで、未来永劫、生きていくということだよな。
よくわからない借金のかたに『幸せ』を取り立てられ、それでもって、なにがどうなってそうなのか『不死』になる……。
ダメだ。余計にわけがわからなくなってきた。
こうまで不思議な話もないだろう。奇妙奇天烈奇々怪々。こんな曖昧模糊たる状況が本当に現実のものなのか。
こんなのまるで、
「……ん? 」
……いや。
いや、そうか。こんなのまるで……
だからこそか。
ここでやっと、ようやく僕の頭もある程度回り始めたようだ。そして、――あぁ、これは。
なるほどこれは『夢の中』なのだと確信した。
この、理不尽なまでの意味不明さが、逆に真実へと誘ってくれたわけか。
なんせ債務の取り立てなのだから、てっきり金銭的、もしくは物品を回収するのだと思っていたのに、なにが『幸せ』だ。そんな形の無いものを借りる事はできないし、ましてや返す事なんて出来るわけもない。
もっと言えば、この『悪魔さん』にも無理がある。
確かに、彼女は自分のことを悪魔だと名乗ったけれど、それならばなぜ、こんな天使のような外見なのだ。
小学生の学芸会でも、もっと説得力のあるキャラ設定をするし、こんな恐ろしい取り立てをするのだ、精一杯の強面をキャスティングすべきではなかろうか。
それなのに、目の前にいる少女は、この世の『美』を集約したかのような出で立ち。さらには、行儀まで良い非の打ち所のない大和撫子。それでもって、僕の好みのど真ん中。
そんな子がいかに凄んだところで、こんなちんぷんかんぷんな配役では、リアリティのかけらもないじゃないか。
まぁ、もしこれが、百歩譲って現実の出来事だとして。……それならそれで、僕はドッキリかと疑うね。
動画配信の流行っている昨今である。たくさんのヒトに見てもらうため、手段を選ばない輩も多いと聞くし、その中には、マヌケなバカを笑いものにする悪趣味なヤツがいても可笑しくはない。
それこそ、TV的な大がかりなものであれば、これだけの美人をどこからか連れてくることも可能だろうし、視聴者の目を引くためだろうね、彼女にこんな素っ頓狂な格好をさせるのにも納得がいく。
だが、ぐるりと辺りを見回すも見慣れた自室にカメラらしき姿はない。
ほーら、みろ。
なら、いよいよこれは夢だ。
だいたい僕なんかをハメたところで動画の出来はたかが知れている。高視聴率も期待できないだろうさ。
そうだ。そんな自分へのドッキリを疑うくらいなら、コレは『夢』だと、そう確信するというものだ。
僕は、呆れたように鼻を鳴らすと、安心したからかな。大きくアクビを一つ。
夢とわかれば気が楽だ。こんな茶番に付き合う義理はない。
「おや? その顔は人間がホラ吹きを見るときの顔ですね。心外です。私の話を信じていませんね? 信じるものは救われますよ?」
何が『信じるものは救われる』だ。それは、他人の幸福を意気揚々と掻っ攫いに来たヤツが言う台詞ではない。
あぁ、なんてバカらしい夢を見たもんだ。
昨日、遅くまで課題に追われたせいだろうか。苦手な科目だったし、よほど疲れていたのかもしれない。
突然、僕がやる気のない態度を取り始めたからだろう。彼女は少し困ったように首をかしげ、思案顔。
でも、すぐに妙案でも閃いたのか。……どこからともなく一枚の『ぼろきれ』を取り出した。
「当然、口約束ではないですからね。公的な書類もあります」
それは古びた洋紙だった。
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